episode2 『王と悟り』
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episode2
今日は水車ではなく、大きな豪華客船の上で大きな海を眺めながら、何かをぼーっと考えていた。
外国に行くためにソロが乗っていたのは、大きな豪華客船だ。しかし彼は金持ちなわけでもない。いや、この旅のためにお金は貯めたが、高価なものをジャブジャブ買う考えは持っていない。豪華客船にも、一等、二等、三等とグレードがあるのだ。グレードの低いチケットは、同じ目的地だって安く乗れる。ソロは一番低いグレードの切符を握りしめたのだ。
船から故郷が見えなくなると、彼は甲板から内部に入っていった。
ソロは何かを思い出して、ポケットの中に手を入れる。乗船券の半券を戻されたとき、何かもう1つ紙切れを貰ったことを思い出した。クシャクシャにしてしまったそれを改めて伸ばしてみると、「ウェルカムドリンク無料券」と書かれている。船内のバーで1杯だけ、何か冷たいものを飲ませてくれるようだ。キョロキョロと見渡しながら、当該のバーを探した。
船内のバーらしく、少々窮屈な造りの、しかし立派な座席が並ぶ古ぼけた薄暗いバーだ。
ソ「オレンジを1つ」無料券をカウンターに置き、ソロは言った。
店「うん?カシスオレンジだね?」バーのマスターは聞き返した。
ソ「いえ、ただのオレンジジュースです。お酒は飲めないので」
店「そうですか。少々お待ちを」大の大人がジュースなんて、とマスターは少し驚いたが、しかしプロのすまし顔で相手の要望に淡々と応えた。
ソロはそれを受け取ると、端っこの小さなテーブルにささやかに座る。周りの客は自分のカネで高価なカクテルを飲める富裕者ばかりだ。富裕者が偉いとも思っていないが、そういう中で自分が偉そうにするのも違う。
小さな丸い窓からは外の大海原が見える。いや、窓はもう積年の潮で汚れていて、外の風景なんてぼんやりとしか見えない。まぁいい。沖の広大な海は今見てきたばかりだ。なんでこんなに窓が小さいのか、「船って変わってるなぁ」と思いながらも、きっと頑丈な胴体であることが最優先で、申し訳程度に窓をくりぬいたのだろうと察した。昼間から薄暗いこの風変わりなバーも、それはそれで面白い。
窓の景色が暇つぶしの役に立たないことがわかると、ソロは肩掛けカバンの中から1枚の絵はがきを取り出した。それをぼーっと眺めている。
その絵はがきには、異国の風景が描かれていた。郵便の仕事をする中で、どこの誰かも知らぬ人がこの国の友人に出したはがきだ。宛先も差出人も滲んで汚れてしまい、誰に届けていいのかわからない迷子になっていたものだ。そうして表面の絵が美しいなら、配達員や仕分け人は、自分が拝借してしまったりする。社長からは容認されている。
赤土で出来た大きな神殿がそびえ立つ、とてもエキゾチックな絵だ。こういうのを見に行きたい。噂によれば西の大陸の果てにあるという。

すると、不意に隣から声を掛けられた。
女「まぁ、あなたもアンチローブに行くの?私たちもなのよ!」
ソ「えっ?」
●クレア

年齢:28歳 誕生日:4月12日 身長:162cm
キラキラとスパンコールの光る、肩の出た美しいドレスを着た、セレブな美しい女性だった。向かいには黒いスーツを着た白髪交じりの男性。こんな人に声を掛けられるとは思えず、少々戸惑った。
女「ほら、その絵はがきよ。私たちも東の大陸のアンチローブに行くのよ!スピリチュアルなパワーがあって、ご利益があるのよね♪なんて奇遇なのかしら!」
ソ「あぁ」ソロは落ち着きを取り戻した。
ソ「あはは、ちょっと違うっぽいですよ。これは西の大陸にあるものなんです。自然っていうか、古い遺跡の絵ですよ。行ってもご利益なんてないんです」
女「えぇ?嘘よ!その赤い色はアンチローブでしょう!」
ソ「ほら」ソロは絵はがきを女性に手渡した。よく見てもらうほうが早い。
女「まぁ本当だわ!
土造りの神殿じゃない!!」
ソ「そうです。アンチローブは自然景勝地でしょう?」
女「土の岩を削って、こんな見事な神殿を造ったっていうの!?それってどこの文明なの!?アンチローブにはこんな建物はないわ!」
ソ「えぇ、僕もよく知りませんけどね。
宗教侵略で迫害を受けた聖なる民が、荒野の岩山を削って文明を築いたらしいですよ。遠い昔の人がこんな立派な彫刻をしたなんて、ビックリですよね!
アンチローブも悪くない旅行先だと思いますけど、僕はこっちに憧れます。ご利益なんてないですけどね」
すると女は目の色を変えて言った。
女「ねぇダーリン!私たちもアンチローブじゃなくてこの土の神殿に行きましょうよ!」
男「えぇ!無茶を言うなよ!
もうアンチローブの高級ホテルは予約済みだし、東の大陸までの高い船賃も払い済みなんだぞ?」
女「えぇ~!」女の表情は子供のように機嫌を損ねた。
男「それにほら、そのう・・・こういう土の神殿はだな、そのう、貧しい、じゃなくて!ワイルドな青年たちが好んでいくのだよ。バックパッカーとかいうやつがさ。クレア、君とは住む世界が違うんだ。その綺麗なドレスが汚れてしまっていいのかい?」男はソロの素朴な格好をじろじろ見ながら言った。
ク「そう。残念ね。次の旅行までにジムで鍛えておくとするわ。
そう、私クレアっていうの。よろしくね♪」
ソ「あ、はぁ。僕はソ」
男「おい!よろしくねじゃないだろう!」
ク「あなたは何階の部屋なの?」
ソ「えぇっと、地下3階、かな」半券を見ながら答えた。
ク「まぁ、そんな下まで客室があったかしら。何号室なの?」
ソ「あはは。何号室もないですよ。地下3階には1つしか部屋がないんです」
ク「そうなの」
男「なんで客室まで聞くんだ!ほらもう行くぞ!」男はクレアの手を引っ張り、立ち去り始めた。
ク「何妬いてんのよ!ナンパじゃないわ。ほら、世界のお話とか聞かせてもらうのってポエムのヒントになるのよ」
男「いいから行くぞ!」
金持ちそうな2人は去っていった。
男は、ソロが貧乏人・・・というか少なくとも庶民であることを察していた。しかしクレアのほうはそれがよくわかっていなかった。タキシードもドレスも着てはいないが、冒険者か何かなのだろうと思っていた。
庶民を見下したような男の態度は好感が持てはしないが、こうしたコミュニケーションは悪くなかった。知らない人と、知らない話をするのだ。それはソロの旅の目的の1つであった。少々の卑下や侮蔑は気にしない。
夜半。先ほどのセレブな2人組は、ディナーを終えて客室に戻った。
ク「まぁ!大きなバスタブがあるわ!」
男「はははそうだよ。最高級スイートを選んでやったんだからね。
君は私の運命の人だと思っている。私の求めるすべてを持っている女なのだから!」
ク「え?えぇ。運命の人・・・」
男「だから私は持っているすべてを捧げるよ。カネも、コネも、この鍛え上げた体もね」
男はクレアを抱きとめてキスをしようとした。
ク「私一人でバスタブをエンジョイしてきてもいい?」しかしクレアはそれをするりとかわす。
男「うん?まぁいいがね」
クレアは高級なバスタブにお湯を張り、泡まみれにすると、一人で優雅なバスタイムを楽しんだ。
30分経ってもクレアが出てこないので、男はしびれを切らした。テーブルに書置きを残し、船内のバーにでも暇つぶしに出ることにした。
男はバーに行くと、美しい女性を見つける。いつもの癖で女に話しかけ、高いカクテルをおごりながら自慢話に花を咲かせてしまうのだった。
風呂から出たクレアはテーブル上の書置きに気づく。
ク「もう!一人でデザートなんてずるいわ」と言いながら、男の後を追った。
しかし、バーでは彼が見知らぬ女と話し込んでいるのを目撃してしまう。
ク「はぁ?最悪!」クレアは口をとがらせて、勇ましく2人の間に割って入ろうとしたが、考えを変えた。「そうだわ」


