episode3 『王と悟り』
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episode3

ク「えぇと、地下3階、地下3階・・・」クレアはソロとまた話がしたいと考え、地下3階へと降りていった。
ク「1つしか部屋がないってどういうことなのかしら?スイートルームよりもっと高級なスイートルームが隠されているのかしら!」冒険者だとか考古学者なら、すごいお金持ちということだってあり得る。
しかし豪華客船は、階段を降りるほどに薄暗くなり、みすぼらしくなっていった。
ク「スイートがあるとは思えないわねぇ。じゃぁ彼は船の乗組員?」
そして地下3階に降りてみると・・・
ク「まぁ!」クレアは言葉を失う。
そこには、たしかに「1つの部屋」しかないのだった。いいや、1つの部屋もない。広大なフロアにはたくさんのマットレスが並んでいるだけだ。そのプライバシーの欠片もない粗雑な空間の中で、貧しそうな人々が各々に就寝の準備をしたり、世間話をしているのだった。
ク「うぷ」少々の妙な臭いが鼻をつく。
何十人、ひょっとすれば100人以上が所狭しと並んでいる。目つきの悪い人もいる。清潔でなさそうな人もいる。真っ白いガウン一枚のクレアのことを、あからさまにジロジロと見てくる者もいる。
クレアは半分オロオロしながら、昼間見た青年の姿を探した。幸か不幸か、仕切りのない空間であるからこそたった一人の人間を探せる見込みがあった。
クレアの登場によって、フロアのざわつきは少し様子を変えた。ソロはその変化に気づくと、己のベッドの中で顔を上げ、きょろきょろと見渡す。そして驚く。
ソ「クレアさん!?」小さな、大きな声で言った。
ク「まぁ、見つけたわ!」クレアはその声でソロの居場所を突き止める。駆け足で寄ろうとしたが、逆にソロがクレアの元に大急ぎで駆け寄るのだった。
ク「うれしいわ」
ソ「階段の横のデッキまで行きましょう!こんな相部屋の中にあなたは目立ちすぎます!」
ク「え?えぇ」
目立つのは時すでに遅しだが、汗臭い男たちの中にクレアがしゃがみ込むのは色々まずいと、ソロは気を利かせたのだった。
階段の横には喫煙所のようなスペースがあり、イスが幾つか転がっている。
ソ「ほら、こっちのほうがまだマシです」
ク「あなた、船員だったのね!」
ソ「え?違いますよ。僕は単なる旅行者です」
ク「でもここは船員の寝床でしょう?」
ソ「いいえ?3等の寝台ベッドです」
ク「えぇ!これが客室なの?嘘でしょう!?」
ソ「あははは。本当ですよ。
庶民向けの、安いチケットなのです。豪華客船なんて、普通に買ったら高いでしょう?そんなの手が出ない人もいて、でも遠くに行かなきゃならないこともありますよね。船によっては、こういうベッドが用意されているみたいですよ」
ク「こんなに大勢?上のバーにもビュッフェにも、ぜんぜん見かけなかったわよ?」
ソ「セレブたちの気分を害したら悪いですからね。庶民は空気を読んで、地下の目立たないところでだけ過ごすんですよ」
ク「でもあなた、2階のバーにいたじゃない?」
ソ「あれは無料のドリンク券を貰ったからなんです。普段はあんなところでお酒なんて飲めないですよ!1杯1,000円もするでしょう?とてもじゃないけどムリです!」
ク「へぇ・・・」
ソ「あははは、こんなつまらない話をしに来たんですか?」
ク「え?違うわ。でも・・・わかんない。
1,000円のドリンクも飲めないって?あなた外国旅行をするんじゃないの?」
ソ「そうですよ。乗組員じゃないですってば」
ク「お金を持ってなくて、船が着いたらどうするつもりなの?」
ソ「持ってないわけでもないですよ。言葉のアヤっていうか。
旅費としては200万円持ってます。頑張って貯めたんですよ!」
ク「200万!やっぱりお金持ちなんじゃない!」
ソ「いえ、200万円あったって、1食に使うのは100円なんです。1泊に使うのは300円なんです」
デ「どういうこと!?あなたは何を言っているの!?」
ソ「あははは!連れの男の人が言ってたじゃないですか?バックパッカーっていう人種はそういうものですよ。
なぜ西の大陸に行くかって言ったら、物価が安いんですよ。素朴な村ばかりですが、そのぶん物価が安いんです。
質素なチャーハンなら100円で食べられるらしいし、こういう相部屋なら300円で泊まれるらしいです」
ク「そんな世界があったなんて・・・!!
でも200万円も持ってるのにどうしてそんなにケチるの?」
ソ「あははは、ずーっと旅がしたいからですよ!」
ク「ずーっと?」
ソ「クレアさんの彼氏は、きっと1週間のアンチローブ旅行に200万円を使うのでしょう。船のスイートルームで30万円ですもんね。
僕は、1年やそれ以上もさすらい続けるつもりなんです」
ク「えーー!!1年以上も!?」目を丸くした。
ソ「シー!静かにしましょうね。
1年以上も、どこまでも、さすらい続けたいんです。そのためには節約が要りますよね」
ク「1年以上って、あの赤い土の神殿はそんなに遠いの?」
ソ「いえ、ペトラ遺跡はそんなには遠くないですよ。ペトラ遺跡を拝めても、まだまだもっと遠くまで行きたいんです」
ク「どこに行くの?」
ソ「わかりませんよ!あははは。
さすらい続けたいんですよ。それが旅っていうものでしょ?」
ク「旅・・・!」クレアは「旅」という言葉にハッとした。
ク「1週間アンチローブに行くのは、旅じゃないの?」
ソ「え?いえ、それも旅なんでしょうね。
なんていうか・・・詩的な、ポエム的な曖昧なハナシですよ!」
ク「ポエム・・・!」
ソ「僕にとって旅っていうのは、先の読めない、儚いもののイメージなんです。これは人それぞれ違うのでしょうね。豪華客船のスイートルームを幾つも乗ることが『旅』っていう人だって、いたっていいんじゃないですか?いやぁ羨ましいなぁお金があって」
ク「旅・・・」クレアは視界の焦点がどこにも合わなくなってしまった。脳みその中の遠く深い、忘れ去った何かが見えそうになる。
ク「それで、旅っていうのはどこに行けばいいの?あなたはどこに行くの!?」
ソ「え?だから決まってないんですよ。僕もわからないんです。
3つくらいは大陸を渡れたらいいなぁと思ってますけどね。1年か、出来ればもっと長くさすらいたいなぁ」
ク「旅・・・」クレアはまだ、どこともつかない空間を見ている。
ぶぉ――――!
その時不意に、汽笛がなった。
ソ「は!クレアさん、そろそろお部屋に戻ったほうがよいのでは?」
ク「は!そうだわ!」
ソ「上まで送りますよ。地下はちょっと物騒だと思うんで」
ソロは薄暗い地階をクレア1人で歩かせるわけにはいかないと思い、セレブたちの屯する地上まで彼女を送ってやろうと思った。
ソ「えぇと、彼氏はさっきのバーにいるんでしたっけ?」
ク「もういいわ。部屋に戻りたい」
ソロはクレアの寝室がある6階まで、さらに送ってやることにした。

ク「ねぇ?ソロっていい名前ね」
ソ「そうですか?」
ク「ステージの主役のような名前だわ!」
ソ「あはは、それなら僕はユニゾンのほうが良かったなぁ」
ク「えぇ?目立ちたくないの?
ユニゾンってその他大勢のことじゃなかった?」
ソ「目立つのは8歳で飽きましたよ」
ク「えぇ!?は、8歳で!」
ソ「今はハモってるほうがいいなぁ」
ク「そう・・・」
ソ「ていうか僕、本当はソロって名前じゃなかったんです!」
ク「えぇ!?」
ソ「最初は『ソラ』って名付けたらしいです。
でもね、分娩室の隣にいた女の子も『ソラ』って名前だったんですって。同じ名前が2人並んでたらややこしいじゃないですか?処置を間違えたり。だから僕の母親は、『じゃぁこの子はソロにしよう』って、名前を譲ったらしいですよ」
ク「隣の子のせいで本当の名前を失ったの?」
ソ「せいってこともないですよ。それに名前なんてどうでもいいんです僕は。どんな名前でもやることは同じでしょ?」
6階に着いたその時。
男「クレア!良かった!!」クレアの恋人は2人の姿を見つけると、慌てて駆け寄ってきた。
男「おい!なんで君がいるんだ!人の女を口説いて日をまたぐのか!」
ソ「ご、ごめんなさい」
ク「ちょっと!彼は私を安全な場所まで送ってくれたのよ!」
男「言い訳など聞くものか!早く立ち去れ!」
ソ「ご、ごめんなさい!」
男はクレアの腕を掴んで抱き留め、ソロのことを突き飛ばした。
男「早く眠りたまえ!」
6階のスイートルーム。
男「ほら、もう1回シャワーでも浴びたらいいんじゃないか?悪い気を洗い流せばいいんだ」
しかしクレアは何も答えない。大きなベッドにひざを抱えて座り、部屋の隅っこを見つめながら不貞腐れている。
男「どうした?珍しく落ち込んだりして」
クレアは何も答えない。
男はさらに言った。
男「君はいつも訳知り顔で言ってるじゃないか?
今悲しいのは、君が選んだものの結果だ。そうなんだろう?
あんな男に声を掛けるから、こんな嫌な気分になるんだよ。
君はマリー姫の生まれ変わりなんだろう?
君の運命の人が野蛮な盗賊であるわけがないんだ」
ク「私が選んだ結果・・・!」
私は・・・何を選び間違えたのか・・・?


