episode35 『王と悟り』
episode35
規模の大きな宿だった。
1階はとても広いロビーで、食堂やバーを兼ねている。宿泊客だけでなく部外者も飲食可能なようで、つまり宿泊者と住民が交流できる仕組みになっている。それゆえに賑わっており、それゆえに騒がしい。
何か喋ってみようと、ソロは前向きに考えた。
隣のテーブルの戦士っぽい男に声を掛ける。
ソ「それ、カッコイイ武器ですね!」
戦「はっはっは、いいだろう! 《炎の剣》だぜ!昨日手に入れたばっかなんだ。
この街は物価も高いが金策がはかどるからなぁ」
ソ「すごいなぁ、ホントにカッコいい。それ、幾らくらいするんですか?」
戦「8,800ゴールドだ。スゴイだろ!」
ソ「すごい!」
戦「兄ちゃんは?どっから来たんだ?」
ソ「こないだは山のとこの洞窟に潜ってましたよ。宝箱開けたら《青銅の剣》を見つけました!」
戦「はぁ?おまえ《青銅の剣》ごときで喜んでんのかよ!貧乏だなぁおい!」
明らかに口が悪い。が、気にしないように努める。
ソ「あはは貧乏なんですよ~」
戦「じゃぁウマいハナシがあるぜ!おまえも橋の工事のバイトやったらいい!日給500ゴールドだからな!」
ソ「橋の工事?」なんだかユニークな話が始まった!
戦「大聖堂の前の掲示板、見てないのかよ?まぁそうだよな余所者は。
ほら、北西のほうにでーーーっかい川があるだろ?」
ソ「そうなんですか?」
戦「そうなんだよ。でーーーっかい川だ」
ソロはメトン川を想像してみた。あんな感じだろうか。
戦「あの川に橋を掛けてマーディラスと行き来しやすくしたいらしいぜ。
魔王の侵略に備えるんだってよ!
城だか教会だかが牛耳ってる事業だから、カネ払いがいいんだよ!」
ソ「へぇー!
魔王って、やっぱ本当にいるんですか?」
戦「いるらしいぜ!魔法学校が火事になったのだって魔王の仕業だろ」
ソ「魔王はどこにいるんですか?」
戦「そんなの知らねぇよ。知ってたらあっちこっちの国で手組んで攻め込んでるだろ。魔王ってのは姿をくらまして悪さすんだよ」
ソ「へぇ」
戦「ガンディーノって国の王様は魔王の手下が化けてるなんて話もあるだろ?」
ソ「そうなんですか!」
戦「そういう悪い奴をやっつけるために、サマンオサは昔から戦士や魔法使いや僧侶を育ててんだよ!」戦士は誇らしげに言った。
ソ「すると、橋の工事よりもそのガンディーノ?の悪魔を退治しに行ったほうがいいのでは?」
戦「えぇ?そ、そりゃぁ順序があるってモンだろ。
良い武器買って強くなったら、行くんだよ!」
ソ「へぇ」8,800ゴールドの武器では不充分なのだろうか。88万円の武器だ。こんなに大勢冒険者がいるのに、誰もその魔王の手先すら倒せないのだろうか・・・。軽く見積もっても、100人は戦士や魔法使いや僧侶がいるが。
ソロは大聖堂に、その掲示板を見に行くことにした。
街の中心にもあの噴水のような広場があり、そこに面して大聖堂は建っている。城と並んで街のシンボルのような存在だ。
ソ「うわぁ、立派な教会だ!」
大きな扉の玄関の前に、掲示板はある。
国家事業の協力者求ム!日給500Gなり!
マーディラスや他国との交通便を改善するため、北西のテムール川に巨大な橋を建造する。
現地までは魔物の出現もあるゆえ、力仕事やそのサポートを得意とする人材を求める。
特に戦士、武闘家は重宝する!
魔法使いは諸々のサポートを、僧侶は救護班を頼む。
定員は100人の予定。
友人やグループでの参加も可!
名声こそが勇者の証。
勇者を目指して頑張りたまえ!
管理:サマンオサ大聖堂
ソ「へぇ。インフラ工事か。
僕だったら戦士に属するのかな」
すると横にも掲示板を眺める者がいる。
爺「あの川に橋を架けるなんて!
船を漕いで生きてる船頭や漁師が通れなくなっちまうぞ!死活問題じゃねぇか!」
婆「橋なんかなくても、渡し船で80年前から事足りましたのにねぇ」
そうか。良いことばかりじゃなさそうだ。船には岸と岸を繋ぐものもあるわけだしな。
善し悪しなど気にせずにわりの良いバイトに参加するのも、悪くはない気もする。
しかしこの癒着的な臭いが、ソロは気になってしまう。ついでだから教会の人に話を聞いてみるか。
大聖堂と称される教会は、中も立派だった!
ソ「うわー!」感嘆の声が出る。
壁には鮮やかなステンドグラスが並び、これが外からの日の光だけで輝いている事実がにわかには信じられない。天井はとても高く、その天井にまで大きな美しい絵が描かれている。一体誰がどんなふうに描いたのだ?

これを見ただけでも大聖堂に寄った価値はあった!ソロはそんなにアートに長ける男ではないが、このアートの塊の素晴らしさには言葉を失う。
ソ「大司教みたいな人を探せばいいのかな」キョロキョロと眺める。教会の役職などソロはよくわからない。大司教か、大神官か、大僧正か、そのような人だろう。きっと一番派手な服を着ているはずだ。
正面奥の講壇ではなく、脇の説教台のところに派手なローブをまとった老人がいる。
何人か列を作って待ちながら、彼に話を聞いてもらっているようだ。懺悔というやつだろうか。
列に割って入るのは失礼だろう。ソロは自分も並ぶことにした。
並ぶと、横の壁には本棚がある。聖書がたくさん並んでいる。そうでない本は目立つ。
ソロはそのうちの1つを手に取った。
『中級魔法は極めたか?』
《メラ》、《ヒャド》などの攻撃魔法には、初級、中級、上級という大まかなランクがある。
《メラ》の中級は《メラミ》
《ヒャド》の中級は《ヒャダルコ》
《ギラ》の中級は《ベギラマ》
《バギ》の中級は《バギマ》
《イオ》の中級は《イオラ》
これらは属性が異なるが、威力としては大体同じくらいである。
中級魔法が使えるようになれば、人から冒険や悪者退治の同行に誘われるようにもなるだろう。
ソ「ふうん。ノーラが得意としていたのは《ベギラマ》だったよな」
『愛とは』
男は最高の冒険を欲しがる。
女は最高の男を欲しがる。
欲しいなら求めさまようがいい。しかし、欲しいからといって悪事に手を染めないことだ。
愛とは、その対象のために努力しようとする心のことだ。
そしてまた気になる背表紙がある。
『古の勇者ローシュの旅日記~サマンオサ編~』
今日は読書に励んだ。魔法の書、えっちな本、剣法の書、えっちな本、野草事典、えっちな本・・・こうやって1時間おきに色々なジャンルの本を読めば、多面的な人間になれるはずだ!うーむ、オレはなんて頭がいいんだろう。
3人、2人、1人・・・ついにソロの番になった。
ソ「こんにちは」礼儀がよくわからないが、とりあえず深くお辞儀をした。
大「おぉ盗賊か。よいよい。悔い改めるのは素晴らしいことですぞ」
ソ「いえ、盗賊じゃないんですけど」大丈夫なのかこの人は。
ソ「表の工事の募集を拝見しました」
大「おぉ、手伝ってくれるのかね?まだ人数には空きがあるとも」
ソ「いえ、まだ本決まりではないのです」
大「そんなことを言ったって、100人などすぐ埋まってしまうぞ?」
ソ「だからって内容も知らずに応募するわけには・・・。
橋を造ったりインフラを整備するのは良いことだと思うんですが、でも橋を造る必要などないのではないか、という声も聞きました」
大「なに?そなた文句を言いに来たのか?」
ソ「いえ、文句でもないのですよ。説明というか議論というか・・・」
大「何を懺悔したいのだ?ここは説教台であるが」
ソ「ごめんなさい。説教をされにきたわけではないのです。大司教さまとお話するにはこれしかないと思ったので。
えぇと、橋を造ると、船に乗っている人の生活が困るそうです。彼らの救済は考えてあるのですか?」
大「すべての民のことなど配慮するのは無理がある!
橋が架かったって彼らはどうにかするだろう」
ソ「何も配慮していないのですね・・・」
大「文句を言いに来たのかね?」
ソ「いえ、話をまとめただけです。
表の貼り紙を見ました。管轄は大聖堂とのことです。
世の中は魔王の存在に怯えているそうですが、橋の工事よりも魔王を退治することが重要なのではないんですか?」
大「なに?サマンオサ大聖堂は魔王討伐の助力もしておる!」
ソ「そうなのですか?」
大「冒険に出る僧侶の育成に務めておる!回復魔法の基礎、冒険の心得、サバイバル技術の講習を与え、僧侶を育てて万もの卒業生を排出しておる!僧侶検定の卒業生は5万人を超えるのだぞ!素晴らしい実績だ!」
ソ「『卒業生』ね・・・。
カルベローナの魔法学校と同じようなことですね?」
大「おぉそれを知っておるか。そうじゃ。いや、我々の僧侶育成講習のほうが難易度が低い。誰でも卒業できるように配慮しておる」
ソ「そうなのですか」それが魔王討伐に繋がっている気配はないが、それは言わないことにした。これもいわゆる「学校商売だ」と、ソロは思ってしまった。
大「そろそろ5分経つぞ。後ろがつかえておる」まだ2分だが。
ソ「あぁすみません。ありがとうございます。
工事の参加はもうちょっと検討しますね」
ソロはそこを立ち去ろうとした。
大「あぁこれこれ!」
ソ「はい?」
大「お布施を納めていきなさい!
お布施を放棄するなんて神の御前で失礼だぞ!」
ソ「あ、はぁ」
教会とはこんな場所だったか。どうして誰も大司教にモノ申さないのだ?どうしてこの人が一番上の権力者なのだ?よくわからない。
ソロは教会を出た。
ソ「・・・つまり、魔王を討伐する気なんてないんだな」そんなふうに見える。



