episode36 『王と悟り』
episode36
教会の前に広場があるのは良いことだ。
教会に赴いても気分が良くならないことがあるとき、広場の路上ミュージシャンが神父の代わりに心を癒してくれることがある。・・・とソロは感じる。
音を、音楽をどう感じるかは個人差が大きい。雑音や雑踏としか捉えていない人もいて、メロディーやハーモニーや音色の美しさにヨダレが垂れる人もいる。
広場には、クラリネットを吹く若い女性がいた。まだ14~5歳と思われる。学校はどうしたのだ?と心配になる年の頃だ。
小さな台の上に立って感情的にメロウな曲を吹き、そして台の前に楽器ケースを開いたまま置いている。このケースは、「チップを頂戴」という意味だ。

学校に行くのをやめて、音楽でもう勝負して生きたい!という少女なのだろう。ソロはこういう子を応援したくなる。
しかし本人の奮闘虚しく、ケースにはあまりチップが入っていない。
選曲のセンスは良い、と感じる。しかし高音の抜けが悪い。
雑踏に負けないように響かせたいゆえに高音域の多い曲を選んでいるが、それを吹き切れていない。指使いは器用だが、筋肉が足りていない。
1曲が終わりそうな頃、ソロはチャリンと1ゴールドを放ってやった。
すると少女は、演奏の余韻をいつもよりも0.5秒早く切り上げて、そしてソロを見上げ、笑顔で礼を言う。
女「どうもありがとう!」
ソ「余計なお世話かもしれないけど・・・高音をキレイに出すためには、むしろ低音域をもっともっとロングトーンしたほうがいいかも?」
女「え?なに言ってんの?」
ソ「あぁごめん。なんでもないよ」
ソロはすぐに彼女の前から立ち去った。
別に気を悪くしたりはしない。ソロは講師でもなければ大家でもないのだから、「なるほど!」と素直に聞き入れるのは無理があるというものだ。
しかしそれを覚悟の上で、1度くらいはアドバイスを試みてもいい。1度くらいなら、余計なお節介をしても角が立たないからだ。2度は余計だ。
何かをやっても、あまり良い結果の出ない街だな、とソロは首を傾げた。
しかしそれにメゲてはいけないのだ。
欲望に満ちた賑やかな街は、歩くことが面白くもある。
あの水色のアイスクリームは一体何の味なんだろう?あの奇抜な洋服は一体どんなふうに着るんだろう?
面白いものがたくさんある。旅を楽しむにおいて、「何が正しいか」なんて気にしないほうがよい面もある。
どこに何があるのか、目的も持たずにぶらぶらと歩いた。
すると・・・
ソ「あれ!?」ソロは驚いた。さっき見た看板をまた見たのだ。ルイーダの店の看板を。
いつの間にか戻ってきたのか?と思ったが、いや、ここは三叉路じゃない。三叉路の前にあったのは思い違いなのかな、と思って店に入ってみた。
カランカラン。
女「いらっしゃい♪」
カウンターの前の女性は、さっきの人とは違う。
ソ「あれ?ルイーダの酒場って2つもあるんですか?」
女「あら他所の人ね?
ルイーダの酒場は、2つどころか20軒くらいあるわ。サマンオサだけで」
ソ「えー!」チェーン店なのか!?
女「冒険者たちが仲間を見つけるために手助けするのが、創始者ルイーダ婦人の意志だからね。冒険者の多いこの街では1つでは足りないのよ」
フロアを眺める。さっきよりも日が暮れた今では、大勢の冒険者たちが酒を飲みながら談笑している。
男「おい姉ちゃん!戦士の助けが必要なんじゃねぇのか?」
どちらかというとナンパに見えるが・・・。
女「あなたは?お酒飲みに来たの?
それとも冒険の仲間探しなら、登録が必要だけど」
ソ「いえ、結構です。ははは」
酒場の壁にはたくさんの絵が飾られている。教会のそれのように、とても上手い芸術家が精巧な絵を描いている。服のシワまでとてもリアルだ。
しかし奇妙なことに、女性の裸体の絵が多い。教会の絵と同じ人が描いたようなシリアスな画風なのだが、描いている対象は宗教聖人ではなく裸婦である。
達人の描いた精巧な絵だが、それはポルノなのではないかと感じられる。酒を飲みながら裸婦を眺めていたいのだ。
マーディラスとサマンオサの立派な大聖堂を見るにつけ、教会には裸婦の絵を置いてはいけないのだろう。それは神父が怒り出す。
しかし、神父は酒場に来て裸婦の絵を眺めている。
女性は裸婦の絵を見て不快にならないのだろうか?それなら他の店に行けばよいはずだが、この店を選んで楽しく談笑している。
酒場には、人の本性が表れる。
最も露骨に、男性と女性がベッドで抱き合っている絵画がある。
そこには文字が記されていた。
男性にとって女性の体を得ることは難しい。
女性にとって男性の体を得ることは難しくない。
しかし女性にとって、本当に抱かれたい男の体を得ることはとても難しい。それは最も甘美な冒険だ。
言わんとしていることはなんとなくわかる、とソロは思う。男女を恋愛欲求に駆り立てたい酒場の思惑もわかる。しかし、酒場でそんな男性が見つかると思っているのだろうか?どこか浅はかだ。
壁には大きなコルクボードがはめ込まれている。所せましと小さな貼り紙があり、これはつまり掲示板だ。「レベル20以上の武闘家募集!」とか「《キアリー》の使える魔法使い急募!」とか冒険者募集に関するものもあれば、「《エルフの飲み薬》安く売ります」だのと怪しいものもある。
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僧侶の学校だけでなく恋愛スクールまで流行っているようだ・・・。
街の入口の噴水にあった勇者の像。そして玉に瑕がなんたらという石碑。あれはルイーダの酒場という企業の広告だったのだ。商売の広告だと気づいている人がどれほどいるのかわからないが。
冒険者の仲間探し、という名目でのナンパや金ヅル探し、ポルノ鑑賞、一晩の憂さ晴らし・・・そうしたものでごった返した、出会い系企業に見える。
もちろんこのマッチング居酒屋で成立するグループやペアもあるのだろう。しかし共に冒険をして何年持ったのか。僧侶だけでも万人いるらしいが、誰も魔王の討伐には至っていない。どこかの国のケンカっ早い王様をなだめることにも成功していない。
民家に出没するつちわらしを退治して、英雄ぶっているのだろう。
どこかの洞窟で宝箱を見つけて、「冒険した!」と喜んでいるのだろう。
ソロがやっているのも「旅行」だ。だから、誰かが旅行や冒険をすることを咎める筋合もない。しかしこの国は、「冒険者を排出する」という大義名分のもとにあまりにも盲目し、堕落しきっているように見える・・・。
僕は「冒険者」を名乗るのはやめよう、とソロは思った。魔王を退治したくて歩いているわけではないからな。世界を旅行したいだけなんだ。




