episode42 『王と悟り』
episode42

ソロはさっきの広場へと出てきた。喧噪の中にあるこの街において、広場はちょっとした憩いである。同じように考えるのであろう人々が、ベンチに座ったりアイスクリームを買ったりしてくつろいでいる。
ソロは1つのベンチに座り、この街の人々をしばらく眺めていた。
やはり広場に居ようとも黒いスーツを着て、立派な威厳を持ったような人が多い。
すると、ある光景が目に入った。
1人の少女が、そうした金持ちそうな男に寄っていく。そして男の胸のポケットに、小さな花のブーケを差しこんでいる。広場の花を摘んで自作したのだろう。
そして、「お恵みを」と上品な声で言い、スカートの裾をつまみ上げておじぎをした。
男はポケットのブーケを払いのけ、煙たそうな顔をして「あっちに行きなさい!」と少女を追い払った。
横に居た淑女は「教会の花を摘み取るんじゃないわよ!」と怒った。
少女は慌てて走り去ると、肩から大きく息をして、悲しそうにうつむいた。
●ジプシー少女

年齢:12歳 誕生日:1月3日 身長:144cm
「花の押し売り」と言える。拒絶されて悲しそうな顔をしていようとも、それは押し売りという迷惑な振る舞いだ。普段であれば、ソロはそれをただ眺めてやり過ごすだけだっただろう。
しかしそのときは違った。
あの丈の長いスカート・・・ひょっとして、ジプシーでは!?
ついさっきマーニャから学習した知識によって、ソロは何気なく群衆に溶け込む少女の属性を、また1つ察知できるようになっていたのだった。
ソロは居てもたってもいられなくなった。
まず、カップルの前まで歩いていって、男が払い落とした小さな花束を拾う。
そしてうつむく少女に歩み寄る。肩をたたく。
ソ「これ、幾らですか?」ソロは優しく微笑む。
少「・・・!」
少女は酷く驚いたような顔をして、
少「い、1ゴールド・・・」と頼りない声で言い、でも目を逸らした。
ソ「これをください」ソロはそう微笑み、彼女に1ゴールドを手渡した。
少「あ、ありがとう・・・!」
ジプシーにお金を恵むことは、良い行為とは言い切れない。しかし良い悪いではないのだった。マーニャに助けられた直後、マーニャの話を聞いた直後において、子供ながらに一人ぼっちで広場を徘徊するジプシーをソロは、放ってはおけなかった。
ソロは少し言葉を探しながら、でもよくわからないまま尋ねた。
ソ「君は、ジプシー?」
少「はっ!」少女はその率直な問いかけに言葉が詰まった。
少「・・・・・・」何も言えない。
言えないということはジプシーなのだろう、という機微も、マーニャとの会話から察せられた。彼女がジプシーであることは、ソロ以外のこの広場の人々は皆わかっている。しかし「私はジプシーだよ」とハッキリ言えたものではないのだ。
ソ「お母さんはいないの?」
少女はうつむきながら、首を大きく横に振った。
ソ「馬車は持っていないの?」
首を大きく横に振った。少女は泣きそうになってきた。自分の惨めさに。
ソ「どうか泣かないで!そのほうが問題になりそうだから!」ソロがこの少女を泣かしたとなるととても複雑なトラブルになりそうだ。
少「んぐっ!」少女はそれを察して、懸命に涙をひっこめた。
ソ「お母さんもいなくて、誰もいなくて、一人なんだね?」
少女は首を縦に振った。両手は自分のシャツの腹をしっかりと掴んでいる。
ソ「この街で生きることは、楽しい?」
少「ううん」少女はうつむきながら、首を大きく横に振った。
ソ「そっか・・・」ソロは考えた。
ソ「うーん・・・」ソロはためらった。
少女は肩を震わせながら下を向いている。彼女にとって、この男が何をしようとしているのか、善人なのか悪人なのか、よくわからない。8割の確率で、私の体を買おうとしているのだろう、と震えている。
ソ「よし・・・」ソロは大きな呼気と共にそうつぶやくと、自分のカバンの中に手を伸ばした。お金を取りだす。
少女は顔を上げて、おそるおそるソロの顔を見る。
ソ「100、200、300・・・500ゴールド(約5万円)。これで足りたらいいんだけど」ソロはニコッと微笑んでなけなしの大金を差し出した。
ぶるぶるぶる!少女は震えながら、首を大きく横に振った。
少「部屋が、ありません」
ソ「え!?」ソロには意味がわからない。
少「わたし、家がないからベッドがありません」
ソ「よくわかんないけど、これを持って荷馬車の商人を探しなよ。それで遠い町に運んでもらったらいいよ。たとえば南のほうのルラフェンって村に行ったらいいよ。きっと、ここより生きやすいから。きっと、ジプシーの仲間が見つかるからさ?」
少「・・・!!!」
信じられない!という表情で、少女はソロの顔を見上げた。口をぽかんと開いて、何の言葉を発せばいいのか戸惑っている。
ソロは彼女の動揺を汲んだ。どういう動揺なのかはよくわからないが、何の動揺でもいいのだ。回答ができないならそれでいいのだ。そしてニコッと微笑んだ。
ソ「とにかく、持っていきな」ソロは少女にお金を握らせた。
ソ「ルラフェンに行くのに使わなくてもいいよ。でもたぶんルラフェンに行ったらいいよ」
ソロは少女の肩をぽんと叩いて、そして静かに立ち去った。
繰り返すが、ジプシーとは必ずしも情けを掛けてやるべき存在とは言えない。
ソロも、もし3か月前に自分の家のそばで同じ光景を見たなら、素通りしていただろう。しかし、自分が旅をし貧乏になり、マーニャに助けられ、マーニャの話を聞き、ジプシーにも色んな人がいることを知ったから、この少女を助けたいと感じたのだ。
人生とはときに、「その人にしか見えないもの」がある。そしてその人にしか出来ない、その人がやるべき何かがある。
少女はソロの名前を知らない。ソロも少女の名前を知らない。
仮に少女がこの後、ルラフェンかどこかの町で教師にでもなり、自分の恩人の偉業を警察や政府に訴え表彰してもらおうと願っても、それは叶わない。名前も言わずに去っていった男は、表彰式にエントリーも出来ないのだ。世の中には、人の命を救いながら表彰も何もされないままの人もいるのだ。彼の厚意を、およそ誰一人、知りはしない。



