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episode43

4 時間前
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第4章 巡礼の地

episode43

トウキョの街 挿絵 by 生成AI
トウキョの街 挿絵 by 生成AI

ソロはそのまままたトウキョの街を徘徊した。

武器屋を見つけたので入ってみる。

上等な武器がたくさんあり、新品なのか、状態の良いものが多い。あの戦士が持っていた《炎の剣》もあるぞ。

この街の周辺の魔物は特別強くなかったが、それにしては武器がオーバースペックに思える。

ソ「こんなに立派な武器、この街で売れますかね?」

武「売れるさ!珍しい武器を多めに仕入れてるからね」

ソ「オーバースペックじゃないですか?」

武「そんなことは関係ないんだよ。みんなカッコいい最新の武器が欲しいのさ」

ソ「ふうん。

 それにしたって、《青銅の剣》が350ゴールドですって?ちょっと高いんじゃないですか?」

武「田舎から来たのかい君は。そりゃ経費かかってんだから割高にもなるよ。当たり前だろ?」

そうか。そうかもしれない。

でもこれまでは、武器の値段はどこの街でも大体同じだったような気がするが。スラム街以外は。

ソ「お金持ちなんですよね、この国の人は」

武「オーナーが自分で売りゃいいんだろうけど、オレみたいのをわざわざ雇うんだからさ。経費がかかるってもんさ」

ソ「ここはおじさんの店じゃないのですか」

武「オレは街の反対側に住んでるよ。毎日20分掛けて、車に乗ってくるのさ」

ソ「あぁあのオートモービルで?」

武「そうだ!カッコいい車でね」

ソ「車使わなかったら、何分くらいかかるんですかね?」

武「うん?30分くらいだな」

ソ「えぇ!歩いて30分の距離を車で20分で来てるんですか!?」

武「そうだが?」

ソ「街の端まで乗っても20分くらいの広さなんですね?」

武「そうだな。渋滞具合によるけどさ」

感じていることに大きな隔たりがあった。ソロは、歩いて30分の距離に車なんて必要ないのではと思うのだった。この人のだけでなく、この街の無数の車が。バスが5台走っていれば充分なような気がしてしまう。

しかし武器屋はそんなことは微塵にも思っていないようだった。武器屋以外の他の人たちも。カッコいい車を所持していたいのだろう。渋滞になろうが空気を汚そうが、高い経費が掛かろうが。


武「オレのオーナーはよう、他にも幾つも店を持ってるんだぜ」

ソ「へぇ」

武「そんでお金いっぱい稼いで税金を100万ゴールドも納めてんだ。

 すげぇだろ?」

ソ「すごいですね」

武「その税金で、今度テムール川までの道を整備するらしいぜ。そしたらオレたちのオートモービルで川の向こうの国まで行ける!

 いやそのカネだけじゃ何分の一かまでの道しか造れないらしいがね。それでもすげぇぜ!ビッグだろ!」

ソ「オーナーの税金で足りない分は、どうなるんですかねぇ?」

武「国民の税金で賄うんだろ?」

ソ「すると車で街の外を走るために、またモノの値段が高くなるんですね」

武「便利になるんだから、いいじゃねぇか!」

ソ「でも馬車を使えば、今でも楽に川まで行けますよね?」

武「馬車だったら10時間もかかるんだぞ!それがオートモービルなら7時間で済む。3時間も節約できるんだぜ!」

ソ「莫大なお金を使って、3時間節約するんですか?」

武「そうさ!この国はどんどん進化するぜ!」

ソ「へぇ・・・」

ソロは、この街の政治家に大きな税金を納めたいとは思えないのだった。しかしこの武器屋は、自分のオーナーを誇りに思っており、自分の政府を誇りに思っており、それに献身する自分を誇りに思っている。

これが価値観の違いというものだ。



ソロはさらに街を歩き回った。目的地はない。歩き回ることが目的だ。

思い返せば・・・前のサマンオサの街には、小さな教会がたくさんあった。こんなにたくさん、3軒隣にもう1軒教会があって、意味があるのだろうか?首をかしげたくなるほどに。

「教会が随分多い気がする」と街の人に話をすると、巡礼中の神父と修道女が恋仲になり、結婚して教会を建てることが多いのだと言っていた。裕福な神父に多いようだ。


ソロはこの旅で感じていることがある。

同じ町に訪れても、男と女では見るものが微妙に違う。会話する人が微妙に違う。その町への印象も変わってくるのだ。

人は本能的に異性が好きだ。男は女が好きで、バーで暇つぶしをするなら女に声を掛けたくなるものだ。女は男を警戒するがでも男が好きで、困っているなら男に話し掛けたり、男に話し掛けられることを期待してスカートを履いて外出をしたりする。

女は男に興味がない人も少なくないが、でも男は女に興味があるのでその女に話しかけてはくる。

同じ街に訪れたとき、女はファッション通りに行き、男たちは飲み屋や歓楽街に寄り付く。

当然ながら見るものは違う。「あーらお兄さん、パフパフしていかない?」という店がその街にあったとして、男は知っているが女たちは知らないままだろう。

「トウキョはショッピングの街だ」と女たちは思っていて、でも「トウキョは風俗の街だ」と男たちは思っているかもしれない。

「トウキョは良い街だよね」という話題で共鳴するとしても、両者は同じことをイメージしているとはかぎらない。


サマンオサはメシア教の人々にとって、定番の巡礼地の1つであるらしい。

しかし修道女と神父では、見え方が違う。

修道女たちにとって、巡礼者向けの宿屋など泊まれば、自分と似たような修道女に大勢出会う。語り合い、旅の冒険譚を交換し合い、それは楽しい印象となる。

しかし神父にとってサマンオサは、「外向的な修道女が大勢いる街」と映っている。女を口説きやすいし、恋愛しやすいわけだ。

本来、宗教信仰の最中で恋愛に現(うつつ)を抜かすのはご法度である。しかし、そこまで敬虔な信徒は多くなかったりする。神父は、外の町から出てきて不安がちな修道女を口説き、教会を建てて一緒に暮らす。無数にある社寺の1つに過ぎず、大した意義も担ってはいないが、自分は神に仕える仕事をしていると胸を張りながら、社交的な妻を得て満足する。

修道女は修道女で、金持ちの男性に口説かれたらあっさりと夜を共にし、結婚を決めてしまう。場合によっては修道生活はそもそも、富裕者に気に入られるためのマナースクールでしかない女もいるのだ。

教会に限らずだが、宗教施設がやたらたくさんある町というのは、似たような側面がある。宗教施設なんて本来、乱立している必要はない。それが乱立しているなら何かがおかしい。誰もそのことに気付いてはいないが。


トウキョの街に教会は多くないが、しかし「お稲荷さん」と呼ばれる他宗教の宗教施設が数多くあった。朱色の教会だ。

そしてこの街には、メシア教の巡礼修道女たちも、それなりに多く訪れている。



ある意味で、「観光にはモラルなど挟まないほうがいいのかな」とソロは思った。

モラルの観点から言えば、くだらないものばかり溢れかえっている街もある。それを気にしていると心が病んでくる。だから、善し悪しは抜きにして、自分の国には無かったその土地らしいものを味わいながら、その面白さを褒めながらさすらうほうが、幸せでいられるなと思った。

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