episode44 『王と悟り』
episode44
トウキョの街にて夕暮れ時。早めに夕食を済ませて宿へと戻る。
するとあのカウンターの若い女性は、思いがけないことを言った。
女「あぁ冒険者のお方!
大変申し訳ございません。本日は巡礼者の団体様がお越しで、ベッドの空きがなくなってしまったのです。あなたは巡礼者ではないとのこと。・・・そのう、他の宿に移ってはいただけないでしょうか?」
ソ「えぇ!?
まぁいいですよ。巡礼の方が優先なのでしょうね」
「ベッドが1つだけ足りない」という問題ならどうとでも出来るような気もしたが、店員も団体客も、そういう知恵が働かないようだった。他でもなく敬虔な宗教徒の団体さんは、自分たちが集団で1つの建物に収まるために、他の旅人を突き飛ばす。まぁいい。
そもそも巡礼というのは団体ツアーで行うものではない気がするのだが・・・。
ソロは宿を出て歩きはじめた。
ソ「でももう暗くなるから、急がないとな」
郊外に出たほうが安い宿は見つけやすいと考え、ソロは建物の少ないほうへと歩いた。
すると林のそばに、この国特有の朱色の鳥居を見つける。
その鳥居は、薄暗い夕闇の中に浮かび上がるようにテカテカと光っていた。若い男性が、今その鳥居を朱色のペンキで塗り替えているところだった。
ソロは思わず声を掛けてみる。
ソ「あのう、これってこの国の教会ですよね?」
男「えぇ、一応はそうですよ」
ソ「一応?」
男「えぇ。古くて捨てられていたお稲荷さんを、最近買い取ったところなんです。これから修復していくんですよ」

年齢:24歳 身長168cm
ソ「あぁ、それでペンキを!」
男「えぇ。まずは鳥居だけでもと思って。救いを求める人にとって、鳥居は重要な道しるべですからね」
ソ「まさにそうです!
あのう、軒下だけでも一晩お借りできませんか?泊まるところがないもんで・・・」
男「えぇ?ホテルは幾らでもありますよ」
ソ「そうなんですけど、高いんですよ僕には。僕は貧乏なんです」
男「巡礼宿が安くやっていますよ」
ソ「そこに泊まろうとしたんですが、団体客がいるとかで追い出されちゃったんです」
男「巡礼宿が客を追い出した!?」
ソ「宿が追い出したのか、他の客が追い出したのかは知らないですけどね」
男「いずれにしても許せない出来事です!
でも、あぁ良かった!僕はこの古いお稲荷さんを買い取ってよかった!」
ソ「えぇ?どういうことなんですか?」
男「まずは中に入りましょうよ。軒下でなく泊めてさしあげます。軒下みたいにボロいですけどね」
ソ「ありがとうございます!」
若い男はソロを、粗末な夕食でもてなした。
建物は古く、ホコリやカビの匂いがした。それこそ軒下で眠るのと大差ない感もあるが、「屋根の下へどうぞ」ともてなされるその心意気が、嬉しいものだ。
ソ「僕はソロといいます。随分若いようですけど、神父さんなのですか?」
ム「この宗教は、神父ではなく神主という言葉を使います。
僕の父親が神主でしたよ。僕はそんな父の姿を見て育ちました。
あぁ、名乗るのが遅れましたが、僕はムヒカといいます」
青年はムヒカというらしかった。ソロと同じくらいの年齢だろう。
ソ「それで、ムヒカさんも神主になるんですね?」
ム「いやぁ、神主と名乗るかは迷ってるところです」
ソ「えぇ!?」
ム「宗教とは決別したい思いもあります。
・・・まぁお稲荷さんを管理するなら神職者を名乗らないわけにもいかないんだろうけど。
でも、なんていうか・・・既存のお稲荷さんや神主とは違う、というつもりなんです」
ソ「どういうことですか?」
ム「聞いてくれますか?僕の話を」
ソ「えぇ、ぜひ」
ム「僕の父は神主でした。この国は朱色のお稲荷さんがたくさんあり、それは観光的な価値もあるようでね、遠くからいっぱい人がきます。メシア教の巡礼者すらお稲荷さんを観光しに来ます」
ソ「えぇ、そのようですね」
ム「そういうわけで父は、ずいぶん潤ったようです。
でもね、数年前に突然、失踪しちゃったんですよ」
ソ「えぇ!?」
ム「『働くのが嫌になった』ってね。
親が労働を放棄するなんて!って当時はビックリして言葉も出ませんでした」
ソ「育児放棄ですか?」
ム「なんか変な父親なんです。
失踪しちゃったけど、財産はちゃんと置いていきました。だから残された家族が飢えることはありませんでした」
ソ「うんうん」
ム「儲かるお稲荷さんを捨てるなんて、意味がわかりませんでした。
でも、僕それから色々考えたんです。宗教や、お稲荷さんや、人生や・・・色々」
ソ「なんか面白い話になってきましたね!」
ム「観光で儲かるお稲荷さんっておかしいんじゃない?って思ったんです。
父は多くを語らなかったので、何を考えていたのかはわからない。でも、『働くのが嫌になった』というよりは『お稲荷さんで商売することが嫌になった』のかなって思ったんです。
教会って元々は、人を救うためにあったはずです。でも今は、何も人を救ってないかも。救ってるようなパフォーマンスをしてるだけで、何も救ってない気がします。
あっちのお稲荷さんもこっちのお稲荷さんも、ただ広くて立派なだけで、困った人の役に立ってないんですよ。それっておかしいなって思ったんです。
それにです」
ソ「うん?」
ム「よく考えたら、宗教だけの話じゃない。政治家もそうです。事業者もそうです。
福祉だのインフラだの言ってたって、本当に困った人の役には、あんまり立ってない気がするんです」
ソ「それで?それで?」
ム「それで僕、捨てられた古いお稲荷さんを買おうって思ったんです。
それで、人が泊まれるようにするんです。
それこそソロさんみたいな人を。
家を買えない人を。
災害で家に帰れない人を。
神主が広い家を持ってるなら、神主がすべきことってそういうことなんじゃないかって。金持ちがお金を持ってるなら、金持ちがすべきことってそういうことなんじゃないかって」
ソ「おぉ、すごいですね!」
ム「観光のためでも、経済のためでも、参拝のためですらなくて。
人が生き延びるのに役に立つために、このお稲荷さんを守っていこうと思ってるんです」
ソ「すごいなぁ!とってもすごいです!」
ム「いいえ、すごいかどうかはわかりません。
この国の人は、こんなボロい家には泊まろうとしないんですよ。ここを無料で貸し出したって、みんな50ゴールドのホテルに行くんでしょうけどね。
ニーズにマッチしてるとは言えない。でもホテルなんか買えないし、手厚いサービスをすることも出来ないから。
ボロい建物でもいいよっていう人に、寝床を提供してあげればそれでいいやって、自分に言い聞かせています。
これは、なんていうか・・・
自分のポリシーとの戦いなんです」
ソ「ポリシー?」
ム「神職者は何をすべきか?
資産があるなら何をすべきか?
広い家があるなら何をすべきか?
僕が、自分が正しいと思うことを貫きたいんです」
ソ「へぇー!」
ソロはムヒカの温かい慈愛の屋根で、一晩世話になった。
その晩ソロは、夢を見た。ムヒカの父親らしき寡黙な男は、高い雪山を黙々と歩いていた。
翌朝にはもうそこを出る。
ソロは、教会も王様も支配していない国を見たいと思った。
するとムヒカは、興味深いことを言った。
「つい数年前までは王様が支配する国でしたけどね。盗賊の勇者がそれをぶっ壊しちゃった国があるって噂ですよ」
なんだそれは!よくわからないが、面白そうだ。誠実な国でもないような気もするが、面白そうだ。
それは遥か西にあるという。そういえば出国前に気になっていたペトラ遺跡だって西の方にあるはずだった。よし、どんどん西に向かってみよう。



