episode46 『王と悟り』
episode46
4つ目の村はなかなか大きなものだった。
大勢の人がいて、学校があったり村の中心に井戸があったりした。
学校に訪問してみると、憩いの場には本棚があった。「村にいる間は借りていってもいいよ」とそこの管理人は言った。学校は子供のものではなく村人のものだ。学校の本棚は村人みんなのものなのだ。
ソロは本を1つ手にとった。
『密裡道の誇り』
「我らの民族は、この密裡道を継承していくために生きている」
ふうん。密裡道とは山脈を巡礼修行する宗派のことだろうか。
そしてまた気になる背表紙がある。
『古の勇者ローシュの旅日記~セントベレス編~』
鎧なんて重すぎるなぁ。盾持ってるし、大体右半身で構えてるんだからさ、肩や右半身だけカバーしておけばよくね?ちょっと工作しよっと。
あれ!DIYっておもしれぇな!
それにしても、辺境の地のわりに本の数が多い気がする。尋ねてみると、商人や巡礼者が置いていったものを収めているのだという。商人が学校見学するのか?違う。宿や食堂に置いていかれたものを、村の人たちはこの図書室に持ってくる。
物が少ない地域において、人々は物を大切に扱う。時には隣の村に置いていかれた本すらここに持ってこられる。
宿は粗末であった。
ベッドすらなく、藁や織物を敷いて眠るだけ、という感じだ。織物はごわごわとしているし、清潔とも言えない。個室もない。部屋の窓からは隙間風が入り、虫も入ってくる。
ソロにとっては、メトン川流域の簡素な宿とあまり違いはないと感じて、そう戸惑いもなかった。しかしトウキョやマーディラスに暮らす者には原始的過ぎて無理だろう。床の上で眠るというのは、思いのほかつらい。体が痛くなって、泊るほどに体調が悪くなる。
しかも出没する魔物はすさまじく強い。
マーディラスの辺りを巡礼旅するメシア教の信者たちは、しかしこの山を巡礼することは出来ないのだろう。同じ巡礼でも、そこには歴然の差がある。イエティを倒せるほどの《バギマ》や《イオラ》が使えるとしても、だ。
朝起きたとき、背伸びをしながらなんとなしに窓の風景を眺めた。
おや?向こうに何かある。向こうの峰に、大きな建物が見える。

宿主に尋ねてみる。
ソ「向こうの峰の、あれは何ですか?」
宿「あぁ、もう使われてない建物だよ。巡礼路はあっちじゃないから、勘違いしないように気をつけてな!」
ソ「もう使われてないのですか。人はいないのですね」
宿「人はいないよ。周囲の村に散らばったし、下山してった宮仕えもいるな」
ソ「宮仕え。ってことは城なのですか?」
宿「城?うーん、宮殿と呼ばれていたな。ポタロ宮だよ。
昔はあれが巡礼のメッカだったが、老朽化だのなんだのであそこには寄り付かなくなった。
あとは雲隠れした奴がいるとかなんとか、噂が立ったなぁ」
ソ「雲隠れって?」
宿「忽然と消えちまう、って意味だよ。まぁ何にせよ気味悪い場所だから、みんな近づかないさ。
盗賊とかはたまに立ち入るようだがね。ははは」
ソ「盗賊が?」
宿「質素な国だが宮殿には上等なものがあるしな。
それに、ポタロ宮には魔法のイヤリングが眠ってるなんて噂がある。だから盗賊が宝探しに行くんだよ。ときには商人を引き連れてさ」
ソ「へぇ」
宿「君も宝探しの盗賊なのか?」
ソ「え?」
宿「いやなんかそういう出で立ち(いでたち)してるじゃないか」
ソ「いや盗賊じゃないですよ。はははは」
どうも、盗賊に見られることが多いらしい。
ソロは寄り道をしてみようと思った。ポタロ宮とやらに行ってみるのだ。
こんな山の中に、あんなに立派な建物があるというのも興味深い。
ソロの旅路を監視するものなどいないし、寄り道にイラつく同行者もいない。そもそもソロは別に、巡礼行をしているわけではない。巡礼路を通っているだけだ。寄り道をする自由は幾らでもある。ルール違反を犯す自由もある。
立ち入り禁止の宮殿に行く、と知れると制止されそうで面倒だ。ソロは朝早く、まだ皆が起きない時間からもう旅立った。山の朝は早い。日の出の方角に峰がない場合には。
しばらく歩くと、申し訳程度の小さな古い立札を見つける。「巡礼路↑」と道を示している。
もうポタロ宮殿は巡礼先ではなくなったが、しかし不要になった立札をすべて取り除くほど、人は暇ではない。何の気なしに彼方に見えた宮殿を目指してしまう旅人もいるだろうが、「巡礼路↑」という立札を見つけて、「よし順調だ」と思ってしまう。
これが、「旧道の落とし穴」である。
旧道とは、巡礼路や登山道などにおいて、昔使われていた道のことだ。足場が悪い、行き止まり、などで今はもう立ち入るべきではないのだが、さすらい人にはそれはわからない。残った立札を見て「この道でよいのだな」と勘違いしてしまう。
それによって大惨事になることもある。が、それによって誰も立ち入らない秘密の隠れ家など見つけてしまうこともあるし、整備されていない道でちょっとした崖崩れに遭うからこそ面白かった、ということもある。完全に自己責任の世界である。ガイドツアーに参加してまえば、絶対に体験することはない。
早朝に出発したことが功を奏して、ソロはなんとかその日の日没前にめあての宮殿へと到着した。もう真っ暗でほとんど何も見えない。適当に建物のドアを開け、風雨程度はしのげそうだとわかるとそこで横になって眠った。
野宿経験のある旅人にとって、どんなに粗末な安宿でも不満には感じない。なぜなら、野宿を覚悟しているときには屋根と壁があるだけで涙が出るほどありがたいからだ。



