episode54 『王と悟り』
episode54

ソロはサザムの家へと帰宅した。
龍の血の話も、洞穴の龍の話もしなかった。ただ「向こう側に冒険に出た」とだけ報告した。
しかし夕飯を囲みながら、違うことを尋ねる。
ソ「何百歳も生きる人っているんですかね?子供の頃におとぎ話で、山の上には仙人がいるって読みましたよ。すごい長生きしているんです」
サ「何百歳も生きた人間の話が、世界のあちこちにあるらしい。
だからって実在するとは言えないが、何人も報告されているというのはどういうことだろうな」
ソ「健康に生きたらいいんでしょうかね?」
サ「食事に気を付けるだけでは100歳を超えることは無理だ、という学者の説を読んだことがあるな」
ソ「じゃぁ魔法ですか?」
サ「回復魔法というものが本当にあるのを見ると、長生きもあり得ると思える。
長生きとは要は、細胞の回復が良いのだろう」
ソ「でも、魔法は効かないこともあるんですよ」
サ「そうだ。だから回復魔法を使えれば皆が不老不死、ということでもないのだろう。
僧侶だって普通は80歳で死ぬからな」
一泊の休息を経て、ソロとサザムはポタロ宮に戻る洞窟へと向かった。
それを目撃した住民はいたが、別にここから去ろうとする者にとやかく言う者はいなかった。
洞窟は相変わらず真っ暗で、手強い魔物がうごめいていたが、サザムが強いので魔物はあまり怖くない。そして迷路のような道は、ソロがわらべ歌を逆からそらんじることで無事に引き返すことが出来たのだった。
道案内がいて強者がいれば、おしゃべりをする余裕もある。
ソ「サザムさんは、どうしてシャンバラに行ったんですか?ていうかみんなどうしてポタロ宮殿を抜けてシャンバラに行くの?」
サ「各々に思惑があるだろう。今は支配から逃れて無政府社会で暮らしたい盗賊めいた奴が多いと思うがな。ヒッピーというのだろうかな」
ソ「でもサザムさんが同族には見えないけど?」
サ「私が赴いたときには、シャンバラとはもっと誠実な理想郷だという伝承を耳にしていた。トウキョや俗な社会から逃れたい気持ちがあったのは私も同じと言える」
ソ「へぇ・・・」
サ「旅人とはそもそもそんな輩も多いがね。だから旅をしているところもある。ソロのような者に出会って語るのは楽しい。
もう1つ理由がある。
賢者への憧れがあった、と白状するよ」
ソ「賢者!?」
サ「勇者と並んで憧れの対象となっている職業だ。知らないのか?」
ソ「知らないです。すみません僕、僧侶とか盗賊とかもよく知らなかったもんで」
サ「賢者は、魔法使いの魔法と僧侶の魔法を両方とも使いこなす」
ソ「つまり、攻撃魔法と回復魔法を?」
サ「攻撃や回復だけではないのだが。まぁ簡潔に言えばそういう感じだ。
《ホイミ》を使う魔法使いはごろごろいる。でも《ベホマ》を使う魔法使いは、ほとんどいないだろう。
《バギクロス》あたりは僧侶も習得するのだが、複数の属性で上位魔法を操る僧侶はまずいない。
つまり、《ベギラゴン》や《イオナズン》を操りつつ《ベホマ》を使える、それが賢者だ」
ソ「すごい・・・!」《イオナズン》も《ベホマ》もよく知らないが、《ベギラマ》の上のすごい段階なのだろうというのは察せられる。
サ「そうだ。基本的に、魔法使いの素質のある者は僧侶系の魔法を得意としない。僧侶の素質のある者は魔法使い系の魔法を得意としない。その両方の素質を得るには、賢者になる必要がある」
ソ「でもサザムさん、そもそも戦士系ですよね?」彼はもっぱら剣を振るって戦っている。
サ「あぁ。私は魔法使いの素質も僧侶の素質もないがね。しかし賢者というものの話を耳にして、少々憧れた。何か特殊なものになりたかった」
ソ「勇者っぽくないですか?サザムさん。
正義のために剣を振るってきたんでしょう」
サ「勇者とは英雄のことだ。目立ちたくはない」
ソ「それでセントベレスで修行をした?」
サ「修行ではなく。セントベレスのどこかに《悟りの書》がある、という話を耳にした」
ソ「《悟りの書》!?
サ「それを読むことで、賢者への悟りが開けるという。どういうことなのか、よくわからないが」
ソ「それを探していたのですが」
サ「そうだ。そしてそんな大層なものは、まぁポタロ宮にあるのが筋だろう。そう考えて、巡礼路を歩きながらポタロ宮を目指した。まぁ色々過程はあるが、簡潔に言えばそんな感じだよ」
ソ「ポタロ宮に無かったんですか?《悟りの書》」
サ「無かったというか、《悟りの書》を見つける前にシャンバラへの秘密通路を見つけてしまった。なんとなしに潜ってみたら、抜けられたらが戻れなくなってしまった」
ソ「ははは。面白いな。なんか、旅のセンスがありますよ」
サ「そうか?不器用な気がするが」
ソ「いや、旅を面白くするセンスがある気がします。ははは」
サ「どのみち私が《悟りの書》を手にしたところで、魔法のエキスパートになどれなれなかったのかもしれないがね。そうかもしれないが、手にしてみたいと思った。
月並みな目標を追っても、楽しくないもんでな。
正義とか強さとかではないんだ。私は人生や家族を捨てたような愚か者でな。月並みな目標で生きたくもないだけなのだよ。
今はもう、賢者にも《悟りの書》にも憧れはなくなった。旅が出来るだけの強さがあれば充分だ」
ソ「賢者って、僧侶みたいなもんですか?」
サ「うん?」
ソ「いやごめんなさい、えぇっと。
賢者って普通、学者みたいな賢い人のことでしょう?それは古今東西大勢いたろうし、その《悟りの書》とかいう書物なんて関係ない話ですよね。
でもサザムさんが言っているのは、『冒険者の職業としての賢者』って意味ですよね?『戦闘スタイルとしての賢者』というか。
僧侶って、回復魔法を得意とするならみんな僧侶でしょ?信仰に篤くなくたって」
サ「そうだ。そういうことだ。冒険者の職業としての賢者。戦闘スタイルとしての賢者。そういう概念の話だ。
冒険者の職業としての賢者は、古今東西を探してもとても少ないはずだ。それこそ勇者と同じくらいに。
《悟りの書》を読む以外にも方法はあるらしいがな」
賢者か。ちょっと興味深い話だ。
やがて無事、洞窟を抜けポタロ宮に帰り着く。
さらに一緒に大きな村まで戻る。
サザムはソロと同じ方向には進まないと言った。
サ「あぁ、トウキョに帰るつもりはないがね、東に行くよ。そのままさすらい続けるつもりだ」
サザムは去り際、改めてソロにしっかりと握手をして、そして礼を言った。
サ「ありがとう。君は命の恩人だ。私はあの地で、死んだように生きていたのだから。君のおかげでまた、人生を楽しむことが出来る」
ソ「いえいえ、僕も助けられました。どうもありがとうございました」
サ「このまま進んで山を下りるのか?」
ソ「えぇ、そのつもりです」
サ「引き続き気を付けるように。
山を下りた先にあるのは、盗賊の多い国だ。この先ですれ違う旅人も妙なのが多いだろう」
ソ「あ!それです!なんか盗賊の国を目指していたんですよ」
サ「そうか。自覚があるならいいのだ。
旅人は、どこにだって行けばよい」
シャンバラ。
昔輝いていたものが、今も輝いているとは限らない。
ある人にとっての理想郷が、あなたにも理想郷だとは限らない。
昔理想郷だった場所が、今も理想郷だとは限らない。
大勢の人に知られている場所は、そのぶん大勢の人の足跡で汚れている。
ミーハーでいても良いことはない。
シャンバラでないにせよ、君が噂に聞いたその理想郷は、おそらくただの観光地だろう。


