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エピソード1 『リストラ後の7回裏で…』

  • 執筆者の写真: ・
  • 2023年3月26日
  • 読了時間: 4分

プロローグ






私がリストラの宣告を受けたのは、

55歳の誕生日を迎える、前日のことでした。


私は、55年間も生きてきて、

こんなにも素晴らしいプレゼントを受け取ったのは、

後にも先にも、この時以外にありません。






エピソード1

つまらない話になってしまいますが…

私のリストラまでの経緯を、少し話させて頂きます。


私は、小さな旅行代理店で働いていました。

それは、1970年代の半ば、

高度経済成長に沸き返り、海外旅行が庶民の手に届くようになった時分のことでした。


私は、大学在学時代から、

仲の良い友人達と、貧乏放浪を楽しんでいました。

それが興じて、仕事になってしまったのです。

大学の優秀な仲間たちと、小さな会社を興したのです。



設立のメンバーは、たったの5人でした。

開業資金は、

メンバーの1人が銀行マンの息子であったため、

上手く調達することが出来ました。


その男…乙田(おつた)を社長として、会社は興りました。

しかし、私たち設立メンバーは、

互いを同列に扱いました。

乙田は、資金の管理者として、

「形式上の社長」に過ぎませんでした。

何か会社にトラブルが発生しても、

その責任や後始末を乙田一人に押し付けるようなことは、

誰一人、望みませんでした。行いませんでした。

打たれ強い者が、顧客に頭を下げ、

体力のある者が、夜中まで得意先を回り、

頭の切れる者が、打開策を捻り出しました。



非常に優秀なメンバーであり、

且つ、情に篤い者たちでした。

また、

貧乏放浪を好むような連中ですから、

金持ちになることも、望みませんでした。

会社がそれなりに回っていて、

楽しく仲良く、やり甲斐を持って仕事が出来れば、それで充分でした。

5人全員がそのような人間だったのですから、

会社が上手く回るのは、当然でした。



…「会社が上手く回る」というのは、

「右肩上がり」という意味では、ありません。

私達にとって、「会社が上手く回る」というのは、

「楽しく仲良く、遣り甲斐を持って、仕事が出来る」という意味です。

…いや、

「顧客が嬉しそうに喜ぶ」という要素も、加えたいと思います。



「何を偽善者ぶって!!」と、嘲り笑いますか?


であれば一度、

貧乏放浪を、経験してみて頂くのが宜しいでしょう。


お金の無い旅人は、あちこちで窮地に陥ります。

そんな時に、

見ず知らずの、何の義理も縁(ゆかり)も無い方々に、

優しく手を差し伸べられ、九死に一生を得る出来事が、

何度も、何度も、起こります。

そのような体験を経ると、人は自然と、

他の誰かの喜ぶ顔を見るために、尽力したくなりますね。



私たちが、航空券の手配やルートの提案などを行うと、

帰国後に、「お陰で楽しい旅行になった!」

と、わざわざお便りを下さったり、窓口まで伝えに来てくれる顧客が、

大勢、居りました。

その満面の笑みを見るなり、

私たちはまた、次の顧客に対して、

最大限のアイデアを、捻り出したくなってしまうのです。

それはもう、条件反射のようなものでした。



私たちは、

「格安航空券」と言われるチケットを扱い始めた、先駆的な会社であったようです。

今では、正規の運賃で航空券を購入する人間など、ほとんど皆無ですが、

当時は、航空券の流通システムなど、誰も把握しておりませんでしたから、

原価の10倍以上もの値が付けられた正規運賃の航空券を、

何の疑いもなく、購入させられていたのです。


私たちは、

「薄利多売」の手法で、航空券の値段を下げることに成功しました。

各航空会社に、

「1ヶ月に100件売るから、仕入れ値を下げてくれ!」

と値段交渉することを、思いついたのです。


…通常、薄利多売の手法を取ると、

一つ一つの仕事のクオリティが、落ちます。

しかし私たちは、

「手数を増やすこと」で、クオリティと値段の両立を、実現しました。



そのような仕事のスタンスも、一括仕入れの手法も、

バブルの弾けた90年代以降は主流になりましたが、

当時は、非常に珍しいものでした。

特に、旅行業界のような、

非・日常的な商品やサービスを扱う企業は、

高い値段を付けて「殿様商売」をするのが、当たり前でした。



私達が、大したストレスも感じずに、

クオリティを保ちながらも手数を増やすことが出来たのは、

何よりも、「旅行」というものを、5人が愛していたからです。

そして、「人を喜ばせること」を、5人が愛していたからです。


『リストラ後の7回裏で…』

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