エピソード1 ミシェル一家
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- 2023年3月10日
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プロローグ
ミシェル一家が田舎町に引っ越してきたのは、
ミシェルが不登校になったからだった。
兄妹4人のうち3人もがロクに学校に行かないとなると、それは何かが狂っている。
そう判断した両親は、親から引き継いだ豪邸をも手放し、
住み慣れたロンドンを離れることに決めたのだった。
エピソード1 ミシェル一家
ある年の6月。
ミシェル一家は、北欧の田舎町のはずれにある、その家に引っ越してきた。
築年数は古いが、大きな庭を持つ立派な一戸建てだった。
薄水色の美しい壁を持つ、北欧らしい家である。
家の裏は林へと地続きになっている。
すると実質、ミシェルたちの庭は無限にも広い、それはそれは豊かなものであった。
「そうか。母さんがなぜこんなど田舎の家をゴリ押ししたか、
その理由がもうわかったよ。
お隣さんとの距離がこれだけ離れていれば、
子供たちがどれだけはしゃぎ回ったところで、怒鳴られることはない。」
大きく背伸びをしながら、父サイラスは言った。
「そうよ。仮に怒鳴りこんできたとしても、
我が家にやってくる5分の間に、荷物抱えてまた引っ越しできるわ♪」
ミシェルは仔犬のように駆け回りながら、機嫌よく笑った。
ミシェルは小学1年生である。この夏8月から、2年生に上がる。
ロンドンにいた頃から、
ミシェルはよくしゃべる女の子であった。級友の3倍はしゃべる。
級友の3倍発表するので、級友の3倍ほめられるが、
級友の3倍おしゃべりが過ぎるので、級友の3倍怒られる。
おしゃべりな子の例にもれず、頭の回転の良い子であった。
算数のプリントは級友の半分の時間で済んでしまう。
終わったからおしゃべりを始めるのだが、そのたびに先生に怒られる。
一番最初にプリントをやり終えるが、一番最初に怒られる。
人一倍がんばって早々と終わらせたというのに、
自由が許されたりはしない。おしゃべり時間が与えられたりはしない。
ミシェルにとって、学校の授業はきゅうくつに感じられた。
難しくはないが、あまり楽しくない。
ミシェルは読書が好きであった。
小学校1年生にして指輪物語を読めるのは、ミシェルくらいのものだった。
2巻を求めて図書室に行ったが、
「小学1年生はそんな難しい本を読んではいけません」と止められてしまった。
「こっちのたなの、30ページの本を読みなさい」と。
そんなのは、産湯(うぶゆ)に浸かりながら読み終えてしまったミシェルである。
もっと難しい、自分に合った本を読ませてほしいと懇願(こんがん)したが、
学校の先生は認めてはくれなかった。親から手紙も書いたが、
校長先生から直々に返信があり、ブルーナ以外の本は読ませてもらえなかった。
ミシェルは学校がつまらなくなり、不登校がちになった。
繰り返すが、
ミシェル家において不登校なのは、ミシェルだけではなかった。
長男のロッドは15歳になるが、もう何年も病欠を続けている。
病名が何であるかはだれも知らない。ロンドンの名医を10軒当たっても、
明確な答えが得られなかったため、病名の究明はもうあきらめている。
とにかくロッドは、ベッドに寝たきりであった。
病気のせいか寝たきりのせいか、筋肉は弱っていて、
トイレにすら自力では行けなかった。
ロッドの年子の妹、ミシェルの姉にあたるメアリーも、
やはり不登校におちいった。
彼女は健康に問題はなく、学校の成績も素行も悪くはなかったが、
学校には行かなくなり、ロッドの看病に尽力するようになった。そして祖母の介護に。
ミシェル家には年老いた祖母がおり、その名をシャーリーと言った。
この庭の広い家を推(お)したのは、シャーリーである。
ミシェルにはさらに、6歳の妹がいた。キャロルである。
キャロルはいつも、ピンク色のうさぎのぬいぐるみを抱えていた。
キャロルが独り言をしゃべっているなと思えば、
それはぬいぐるみと会話しているのである。
ぬいぐるみと会話すること自体は、だれも止めはしないし怒りもしなかったが、
キャロルはあろうことか、そのぬいぐるみを「ロッド」と名づけたのである。
これはいよいよ、話が混乱してくる。
「ママ、ロッドがおもらししちゃったの!」と駆け寄ってくるので
母があわててロッドの寝室に行くが、ロッドには何も起きていない。
よくよく聞いてみれば、
「ぬいぐるみのロッド」にキャロルがミルクをこぼしたのである。
このようなことがしょっちゅう起こるので、
家族のみんながキャロルに改名を懇願(こんがん)するが、キャロルは応じない。
「わかったわ」とうなずくことはあるが、実際には応じない。
「なぜロッドなの?」とミシェルが尋ねると、
「だって、『ロッドだよ』ってウサちゃんが言うんだもん。」
と、キャロルはそっけなく答える。
「お姉ちゃん、ミシェルっていう名前なのに、
ジョルジーニって呼ばれたら、イヤでしょ?」
そう言われてしまうと、もうだれもキャロルをとがめることはできない。
ミシェルの母は、ロイスといった。
ブロンドの長髪をなびかせてさっそうと歩く、キャリアウーマンであった。
仕事に強くやりがいを感じるタイプであったため、
病弱な長男を長女が看病してくれるという申し出は、とてもありがたかった。
「息子のひきこもりは自分に非があるかもしれない」とロイスは少なからず思ったが、
それでもやはり、仕事をないがしろにすることはできなかった。
『ミシェル』



