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エピソード14 『名もなき町で』

  • 執筆者の写真: ・
  • 2023年3月16日
  • 読了時間: 4分

更新日:2024年1月12日

エピソード14

ほとんど日を待たず、僕はようこママの店を出ることにした。

サラっとコッソリ出ようと思った。僕は、別れを盛り上げるのはスキじゃないんだ。

知ってる?お別れ会なんてのは、寂しさを助長するだけなんだよ。

それでも、どこから情報が漏れたのか、前日の晩のライブでは、

タカちゃんという男の子が、惜別の歌を捧げてくれた。嬉しかったよ♪

誰かが僕を慕ってくれることは、涙が出るほど嬉しい。

でも、それ以上には大事(おおごと)にはしたくなかったから、

お客さんたちの居ない早朝に、コッソリと出発した。



僕はまず別府港に出て、そこからフェリーで八幡浜に渡った。四国の西北端だよ。

愛媛県は、父親の故郷でもあった。

5歳くらいの頃に、一度だけ来たことがある。

一度ゆっくり、親父の故郷を訪ねてみたい気持ちもあったけど、

今はその時じゃないだろう。

八幡浜から電車に乗る。

伊座利には駅はなく、最も近いのが「由岐」という駅であるらしかった。

切符代が、なんと12,000円も掛かった!ムリもない。四国を半周するんだもの。

だいじょうぶかな…?残金は15,000円しかないけど…


電車は、四国の外周を縫うように走った。

僕は、ヒマ潰しになるような物を何も持っていなかったので、

ただただボーっと車窓からの風景を眺めていた。

かといって、どんな景色だったかはほとんど記憶に残っていない。

前の座席の人が、四国観光のパンフレットを眠たげに読んでいて、

それが僕の視界にも入った。

四国の電車は、お遍路ルートと並走するように環状に走っているらしい。

そうか、お遍路なんて文化があったなぁ。よく知らないけど。

もし伊座利に着いて何も無ければ、そのままお遍路道を歩くのも、悪くないかもしれない。

僕は、なんとなくそう思った。


徳島で電車を乗り換えて、さらに走った。

一日中、電車に乗っていた。



由岐に着いたのは、20時頃だったと思う。

外はもう真っ暗だった。

住宅街ではあれどもかなりの田舎で、

周囲には店らしい店もなく、本当に真っ暗だった。

食事の摂れる店が1つくらいはあるだろうと踏んでいたけど、甘かった(笑)

スーパーらしき建物やそうざい屋らしき建物は見つけたけど、19時で閉まったらしかった。

民家はあるにはあるんだ。たくさん密集してる。

でも、都心とは異なり、暗くなったらもう、みんな眠ってしまうのだろう。


5分くらいウロついて、ようやく食堂を発見した。

けれども、それももう閉まっていた。

僕は、イチかバチか、店の戸をドンドンと叩いてみた。

「すみませーん!どなたかいらっしゃいませんかー?」

すぐに、店主とおぼしき細身のおじさんが、戸を開けてくれた。

「何か御用ですか?」

「あのう、食べる物がなくて困ってるんですが、

 ラーメン1杯だけでも、作ってもらうことってできませんか?」

店主の返事は、こうだった。

「申し訳ない。今日はあいにく、定休日でして…

 厨房に火を入れてないので、何も作れないのですよ。」

よくわからないけど、料理は作れないらしかった。

僕は、深々とお辞儀をして、店を離れた。


仕方なく、自販機でミルクティーだけ買って、駅まで戻った。

幸い、駅は小さいなりにしっかりしていて、すぐ横に綺麗なトイレもあった。

僕は駅のベンチに座って、ぼーっとミルクティーを飲んだ。

それだけじゃぜんぜん、お腹は膨れやしなかった。

空腹だけじゃない。

7月の日本はとても蒸し暑く、汗をだらだらにかいていて、不快この上なかった。

まぁ、これくらいの不遇は耐えられないこともない。

海外放浪していれば、似たようなシチュエイションには出くわすよ。

僕は、頭をカラッポにして、ただただボーっとしていた。



やがて、不意に人影が現れた。

終電の終わったこの時間に、何者だろうと思ったら…

「あぁ良かった!さっきの青年だ。

 ご飯が無いって言ってたでしょう?もし良かったら、コレ食べてください。」

彼は静かにそう微笑むと、僕に牛丼のパックを手渡してくれた!!

さっきの食堂のおじさんだ!

僕は驚いて、そして感動して、泣きそうになった!

「ありがとうございます!

 いくらですか?500円でたりますか?」

けれども、彼の慈悲はそれだけに留まらなかった!

僕が対価を支払おうとすると、彼はそれを制止する。

「あははは!お金なんて結構ですよ。ココはそういう地域ですから。」

彼はそれだけ言うと、家に帰っていった。


そのときはよく知らなかったのだけれど、

お遍路地域には、「お接待」という習慣があるんだよ。

お遍路さんに対して、食べ物や寝床を無償で提供するんだ。

彼は、僕のことをお遍路修行者とカンチガイしたらしかった。

または、お遍路修行者ではないと解っていて尚、

困っている人間には無差別で、手を差し伸べているのかもしれない。


『名もなき町で』

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