エピソード15 『トルコで見つけたドラゴンボール』
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- 2023年3月13日
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旧市街に戻ってきて、
なおもギターを背負って歩いていると、
とあるカフェの前で、マスターに呼び止められた。
「ギターをやるのかい?
ちょっとココで、演奏していってくれよ♪」
僕はにこやかに応じ、
軒先のテーブルに腰を下ろして、歌を歌った。
彼は、「お礼に」と、1杯のコーヒーを差し出して、
あとはニヤニヤと嬉しそうに、僕の曲を聴いていた。
…ねぇ?
モノゴトの対価というのは、
本来、こんなモンで良いんだと、思わないかい?
(僕は、1杯のコーヒーすら求めないけどさ。)
実は、
たとえ聴衆が5万人だろうと、
何十万円もの対価を正当化するのは、オカシなコトなのさ。
音楽っていうスキルは、たまたま、
「一度に多数の人々を喜ばせられる性質」
を持っていたに過ぎない。
でも、マッサージのスペシャリストは、
たとえ世界一の実力者だろうが、
一度に1人の人にしか、施術は出来ない。
それに、ポップス1曲と違って、
たった5分じゃ、彼の仕事は終わらない。
さて、
一度に5万人を喜ばせられるミュージシャンのほうが、
マッサージストよりも、スゴいのだろうか?
多くの対価をもらう権利が、あるのだろうか?
僕は、そうは思わないなぁ。
音に関わるヒトたちの多くは、 いつしか、
そんな便利な「音の性質」を「濫用」して、
「効率よく荒稼ぎしてやろう!」
と、考えはじめるようになってしまう…
この傾向が、とても残念さ。
音に関わるヒトが、
たとえ5万人の観衆を集めようとも、
「いや、僕への対価はマッサージストと同額でイイよ♪」
って言えるようになったなら、
彼は、「自分の使命を果たした」と、言えるだろうね♪
そのような人格者になるまでは、
たとえオリコンで何週連続1位になろうとも、
世界全土で1,000万枚売り上げようとも、
「二流」でしか、ナイのさ(笑)
…音楽家本人だけじゃなくて、大衆もまた、
その真実に気付く必要があるんだよ?
キミは、気付いてたかい?
つまり、
どんな仕事も、対価は同じくらいで良いってコトなのさ。
暮らしてけるだけの対価があれば、
もうそれで、満足しとこうぜ。
政治家や医者にしたって、
「安月給でもヒトの命を救いたい!」って感じるヒトだけが、
担えばイイんだよ。
『トルコで見つけたドラゴンボール』



