top of page

エピソード2 教会でのこと

  • 執筆者の写真: ・
  • 2023年3月10日
  • 読了時間: 3分

エピソード2 教会でのこと


引越しの片付け作業に追われるミシェル家のポストに、

1枚のチラシが舞い込んでいた。


「みんなで歌おう!ゴスペル教室♪

 毎週日曜日10:00~11:00

 テミス教会にて」


このチラシに最も食いついたのは、父のサイラスであった。

サイラスは昔、仲間とバグパイプのポップスバンドを組んでいたが、

シャイな性格ゆえ、歌は歌わずに伴奏者に徹(てっ)しきっていた。

本当は歌も探求してみたかったサイラスは、

歌をたしなめる機会を、それとなしに求めていたのだ。

サイラスは、家族のみんなをこの教会ゴスペルに誘った。

が、ロッドとシャーリーは寝たきりで、メアリーはその介護。

すると、乗ってきたのは妻ロイスとミシェルとキャロルの3人だけだった。

…いや、4人である。

「ぬいぐるみのほうのロッド」も歌が大好きであるらしく、

積極的に連れていけとねだっているらしかった。


テミス教会は、町のはずれにあった。

町の中心部にはもっと立派な大聖堂があり、観光客や巡礼者の姿も見かけられるが、

テミス教会は内向きの、こじんまりとした教会であった。

年代ものの、赤レンガ造りの建物で、アイビーの葉が青々とおおいしげっていた。


ミシェル一家はキリスト教の洗礼は受けておらず、ミサにも興味は無かったが、

念のため、9時のミサから参加することにした。

そしてミシェル一家は、思いがけず面食らった。

ミサは多分にもれず、牧師が聖書を朗読し、

読点のたびに参列者が、「アーメン」と合いの手を入れる。

しかしその「アーメン」の合いの手が、この上なく美しい。

オルガンの伴奏も無しに、長3度のきれいなハーモニーで歌うのだ。

「俺たちはウィーンに越してきたんだっけか!?」

サイラスはささやき声でロイスに笑いかけた。


ミサが終わると、そのままホールでゴスペル教室がはじまるが、

ミサの参列者はほとんど皆、ゴスペル教室にも参加するようだった。

皆、一列に並んで会費を支払っていたので、サイラス一行もその列に並んだ。

料金は一人につき10マルッカだということなので、

サイラスは50マルッカを受付のシスターに渡した。

「あら?40マルッカで結構ですのよ。」

「いえ、この子も参加したがっているんです。俺より張り切っているんですよ。」

とサイラスは、ぬいぐるみのロッドを指差しながら、真顔で言った。

「まははははっ!!

 これはこれは、小さな歌い手さんですことっ!」

年配のシスターは、サイラスの馬鹿正直なジョークをえらく喜び、そして、

「初回は無料なのよ。50マルッカ全部、お返しするわね♪」

と、でたらめな理由を付けて、全額サイラスに返却(へんきゃく)してしまった。


こうしてミシェル一家は、強烈かつ好意的な印象をシスターに与え、

それから何かと、協力と友好をたまわることになった。

引っ越してきたばかりのサイラス一家にとって、非常に心強かった。

サイラスは町で50マルッカのブローチを買ってきて、

ぬいぐるみのロッドの胸に留めてやった。



『ミシェル』

bottom of page