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エピソード20 『私の彼は有名人』

  • 執筆者の写真: ・
  • 2023年3月27日
  • 読了時間: 2分

エピソード20

私は、もう耐えられなかった。

何に耐えられないって?

こんなに身近に居るのに、彼に触れることができない…

それがもどかしくて切なくて、もう、耐えられなかった。


半ば衝動的に、私は、彼に告げた。

「付き合ってください。あなたが大好きです!」


彼はもちろん、返答に困った。

しばらく考えて、そして、慎重に言葉を選びながら、言った。

「僕の恋愛観、前に話したと思うけど、覚えてる?

 僕は、恋人を最優先にはできないよ。

 誕生日も仕事かもしれないし、クリスマスに遊園地にも行けないよ。

 それでも構わないって言うのであれば…」


私は、ありったけの思いをこめて、彼をきつく抱きしめた。

どれだけきつく抱きしめても、募りに募った思いを伝えきることは、出来ないけれど。


愛しい人を手に入れた喜びは、語りつくせないものだった。

やはり、尽くされる恋愛の比ではない。

どんなに高価なブランド品よりも、愛しい人の抱擁のほうが、ずっと魅力的だ。

私は本当に、とろけてしまう。

この恍惚を知らない女性は、本当に、かわいそうだと思う。



彼は宣言どおり、物質的にはほとんど尽くしてくれない。

お金はあんまり持っていないし、手に入っても音楽に投じてしまう。

フライデーが追ってくるほどの有名人ではないが、

かと言って、外でイチャイチャすることは出来ない。

手すら繋げないし、半径50センチ以内に近寄れない。

私はあくまで、「スタッフ」の身分のままということになっているから。

音楽がファン稼業であることを考えると、

「恋人です」と公言することはプラスにならないと思った。

それでも、私の恋愛はとても幸福だった。

ステキな人間というのは、何をしていてもステキなのだ。恍惚を感じられる。

話は面白いし、深くて勉強になる。

公園を散歩していても、視点が詩的で面白い。

私が手料理をふるまえば、いつも何か言ってくれる。

美味しければ、子供みたいな笑顔で「美味しい!」と言うし、

口に合わなければ、「もっとこうしたら美味しくなりそう」と、的確なアドバイスをくれる。

そう、何においても、的確なアドバイスをくれる。

彼の本棚の本は、ぜんぶが面白い。

部屋のインテリアは、撮影スタジオみたいにアーティスティックだ。

私は、高いお金を出して何かを得る必要が、まったく無くなってしまった。

およそあらゆる物事が、彼の身辺で満たされてしまう。


それだけじゃない。彼はアーティストなのだから。

私は、彼のあの素晴らしい曲を、世界で一番最初に聞ける。

それどころか、作られる過程まで、眺めていることができる。

彼の日々の自主練習は、私にとってはライブと大差ない。

これらの特権には、いったい何百万の価値があるだろう?計り知れない。


『私の彼は有名人』

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