エピソード23 『イエスの子らよ』
どうしたらいいのかしら?私。
恋の仕方ってわからないのよ。だいいち、まだ11才よ?
でも私、動いてみたわ。
誰もいない時間をこっそり見計らって、
教会の扉を開けてみたの。修道士さんて、あそこにいるんでしょ。
でも…
「あれ!?」
見張りのひと2人いたけど、どっちもあの彼じゃなかったわ!
2人ともおじさんだもの。絶対に違うわ。
「はぁあ。残念ね。
きっと彼、粉運びの専門なのよ。若いから、チカラ仕事任されるのね。」
エルサは言ったわ。
「はぁあ。せっかく勇気を出したのにな。」
「でも大丈夫よ。
次に小麦粉を買出しするときには、会えるってことじゃない。」
でも、そうじゃなかったわ。
次の小麦粉の日、彼は現れなかったわ。違う人が運んできたの。
その次も、そのまた次も、彼は現れなかったわ。
「はぁあ。切ないわ。」
「異動にでもなったか、修道女と触れあったのがとがめられたか。
いずれにせよ、
きっと彼、あのハンカチデートが最後のあいびきだって、わかっていたのかもね。」
「そうかもしれんな。
惜しいな。良い男じゃったのになぁ。」
「良い男だったの?あの人。」私は聞く。
「そう思うぞ。
あやつ、自分が受けた恩よりも、さらに大きなものを返そうとした。
しかも、交際できるはずもなく、
それどころか、二度と触れ合えることなどないと、わかっていながらな。
愛の深い男よ。」
「愛には、深いとか浅いとかあるの?」
「…おぬし、なーんもわかっとらんのじゃな。
まぁ、恋愛するには時期早尚じゃったな。恋敗れて正解だったのやもしれん。
それはそうと、
次の出会いまでに、学んでおかねばならんよ。おぬしも。」
「お願いしたいわ。おばあ様。」
「まずな、
女という生き物は、大きく2つに分けられる。
『恋愛したがる女』と、『恋愛したがらない女』じゃ。
マリアンヌは前者じゃし、エルサは後者じゃろうな。
どちらにせよ、恋愛は経験しておいたらいい。エルサもな。
己れが恋愛を欲しているのか否か、
また、どのような男を欲しているのか、
それは、ひととおり経験してみんと、自分でもなかなかわからん。
エルサかとて、いったん恋をしてみたなら、恋のトリコになるやもしれんよ。」
「そうかしら?無いと思うわ。」
「おほほ。まぁ、今はわからんさ。
続けるぞ?
次に、恋愛したがる女もまた、大きく2つに分けられる。
『尽くされたがる女』と、『尽くしたがる女』じゃ。
ほとんどの女は、尽くされたがる。
100人に1人か2人くらいは、尽くすことに喜びを感じる女がおる。
修道士の彼は、…彼はまぁ男じゃが…、尽くすことを喜べる側じゃよ。
じゃから、惜しいなと思う。
さてマリアンヌ?
おぬしは、どっちじゃ?尽くしたいか?尽くされたいか?」
「私!?
………わかんないわ。」
「そうじゃな。ほっほっほ。
それは、おぬしが人生の中で、自分で気づいてゆけばよい。
恋愛が好きかどうかも、どんな男を欲するかも、尽くしたいか否かも。
しかしじゃな。
恋愛が好きなら、修道院にはもう戻ってこんほうが良いぞ?
当然じゃな。修道院の中では、恋愛はできん。
あのような秘密の恋ばかりしていたんでは、心臓がもたんからな。
ましてや、口説く相手にも迷惑がかかる。サラのときのようにな。
恋愛が好きなら、いくらでも花を咲かせれば良いが、
恋にリスクはつきものじゃ。恋に限らんが、快楽を求めるなら、しがらみも多い。
まぁ、
恋愛を欲しないなら、修道院の中で暮らすほうが幸せじゃろうな。
修道院は、環境に慣れてしまえさえすれば、苦痛もしがらみも少ない。」
『イエスの子らよ』


