エピソード24 『トランク1つで生きていく』
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- 2023年3月9日
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「ちょっと、お散歩でもいかがかしら?」
翌日の午前中、麗子さんからお誘いがあった。
今度は子供たちには留守番を託し、大人二人でおでかけをする。
この集落はやはり、雰囲気がいい。麗子さんもお気に入りで、
この集落を見て、沖縄に引越しすることを決めたんだそうだ。
小学校に通りかかる。のどかな校庭が見える。まだまだ歩く。
「ついたわ。」
集落の奥に、ガーデンカフェがあった。
「こんなガーデンカフェを、私もやりたいの」
あのステキな民泊の庭にこんなカフェがあったら、まるでおとぎ話だ。
テラス席は肌寒かったので、庭の見える窓辺の席で、
二人でコーヒーを飲んだ。タンポポコーヒーなるものを、私は初めて飲んだ。
「麗子さん。踏み込んだこと、聞いてもいいですか?」
「どうぞ。
何でも話すつもりなの。それが大切なことだって思ってる。」
「『自分の本心に気づく前に、出産と結婚を選んでしまった』って、
昨日、言っていましたよね?」
「そう。そうなのよ。
私ね、あまり良好な家庭では育たなかったの。両親は離婚したしね。
だから、『暖かい家庭を築きたい』って、ずっと思ってたの。
二十代半ばのあるとき、同じ夢を持つお金持ちの男性に出会ってね。
彼と結婚をしたの。彼は裕福だったから、私は主婦に徹していられたわ。
私が親にしてもらいたいって思っていたことを、何だって子供に注いでやった。
良妻賢母だったと思う。我ながら。」
「ステキですね。」
「そうでもないのよ。
私も自分でステキだと思ったからやってたんだけど、
あるとき、そうは感じなくなったの。
それこそ、リクが幼稚園になじめなくなったときにね。
私は、私が家庭を持ちたいがゆえに、リクたちを産んでしまった。
自分の好き勝手な家庭像に、リクたちを巻き込んだ。
過保護で甘えん坊な家庭に、ね。
それは私の自己陶酔を満たしてくれたわ。
でも、リクは社会に苦しみ、人生に苦しんだ。
それは、娘のリナも少なからず同じ。
私は、今の日本社会は酷いところだと感じてて、だから子供たちを家で守ったけど、
でも子供たちは、いつまでも家でママに甘えているわけにはいかないのね。
その酷い社会に、出ていかなきゃいけない。
つまり酷い社会に、私は子供たちを招待してしまった。無理やり連れてきちゃった。
とても気の毒だなと、思うの。とても無責任だったなと、思うの。
子供を産みたいなら、
その前に、社会をもっとも誠実なものに造り替えてからにすべきだったわ。
それができないなら、子供なんか産むべきじゃない。地球に連れてくるべきじゃない。
そう思うの。
地球には楽しいこともいっぱいあるけれど、
でも、悲しいことや辛いことのほうがもっとたくさんある。
誠実な人であればあるほど、なおさら世界は生きづらい。
そんな世知辛い人生を、私の願望のために子供たちに強要してしまって、
私は申し訳ないって思ってる。後悔してる。
子供が病気になったりグズったりして、私のキャパを超えちゃって、
イライラしてムカムカすると、なおさら悲しくなる。
『自分が望んで産んだのに、逆切れするとは何事だ?』ってね。
それに、
子育てって大変なのよ。寝ずに看病しなきゃいけないし、
やがて我が子が、ネットゲームに課金しすぎて借金でもするなら、
それも肩代わりして、社会に頭下げなきゃいけない。
二十歳過ぎても引きこもり続けるなら、養い続けてやらなくちゃいけない。
私が90歳になっても、60歳のわが子の面倒を見なくちゃいけない。
親になるってそういうこと。子供の全てを背負わなくてはいけないのよ。
そうした、ウンザリするほど大変なしがらみを全部、
逆切れせずに八つ当たりせずに、背負いきれるだろうか?
そこまでよくよく考えたうえで、子供を産むべきだわ。
保育園が満杯でも、子供手当てが廃止されても、旦那が無一文でも、
それでも子供を育てていく覚悟があるか?その対策は練ってあるか?ってね。
私はぜんぜん考えていなかったわ。
ただ可愛い子供とニコニコ過ごすことだけを夢見て、子供を産んでしまった。
無責任すぎたと思うわ。
そもそも、そもそもね?
私の『家庭ごっこ』願望は、死ぬまで続くものではなかったし、ね。
昨日も言ったけれど、私も本当は、愛子さんみたいに自由に生きたいのよ。
それをやってみたい。それも死ぬまで続く願望なのかはわからないけど、
私の『コア』が、それに強く憧れてるのは、わかる。
だから、ハナちゃんも子供を産むなら、くれぐれも慎重にね?」
私には無理だな。子供は産めない。そこまでの責任は持てないよ。
麗子さんに出会って良かった。彼女に話を聞いていなかったら、
私もまた、もっと軽はずみな欲求で子供を産んでいただろうと思う。
そして子供や社会にムカムカして、逆切れするんだ。自分で選んだことを棚に上げて。
『トランク1つで生きていく』



