エピソード24 『トランク1つで生きていく』
「ちょっと、お散歩でもいかがかしら?」
翌日の午前中、麗子さんからお誘いがあった。
今度は子供たちには留守番を託し、大人二人でおでかけをする。
この集落はやはり、雰囲気がいい。麗子さんもお気に入りで、
この集落を見て、沖縄に引越しすることを決めたんだそうだ。
小学校に通りかかる。のどかな校庭が見える。まだまだ歩く。
「ついたわ。」
集落の奥に、ガーデンカフェがあった。
「こんなガーデンカフェを、私もやりたいの」
あのステキな民泊の庭にこんなカフェがあったら、まるでおとぎ話だ。
テラス席は肌寒かったので、庭の見える窓辺の席で、
二人でコーヒーを飲んだ。タンポポコーヒーなるものを、私は初めて飲んだ。
「麗子さん。踏み込んだこと、聞いてもいいですか?」
「どうぞ。
何でも話すつもりなの。それが大切なことだって思ってる。」
「『自分の本心に気づく前に、出産と結婚を選んでしまった』って、
昨日、言っていましたよね?」
「そう。そうなのよ。
私ね、あまり良好な家庭では育たなかったの。両親は離婚したしね。
だから、『暖かい家庭を築きたい』って、ずっと思ってたの。
二十代半ばのあるとき、同じ夢を持つお金持ちの男性に出会ってね。
彼と結婚をしたの。彼は裕福だったから、私は主婦に徹していられたわ。
私が親にしてもらいたいって思っていたことを、何だって子供に注いでやった。
良妻賢母だったと思う。我ながら。」
「ステキですね。」
「そうでもないのよ。
私も自分でステキだと思ったからやってたんだけど、
あるとき、そうは感じなくなったの。
それこそ、リクが幼稚園になじめなくなったときにね。
私は、私が家庭を持ちたいがゆえに、リクたちを産んでしまった。
自分の好き勝手な家庭像に、リクたちを巻き込んだ。
過保護で甘えん坊な家庭に、ね。
それは私の自己陶酔を満たしてくれたわ。
でも、リクは社会に苦しみ、人生に苦しんだ。
それは、娘のリナも少なからず同じ。
私は、今の日本社会は酷いところだと感じてて、だから子供たちを家で守ったけど、
でも子供たちは、いつまでも家でママに甘えているわけにはいかないのね。
その酷い社会に、出ていかなきゃいけない。
つまり酷い社会に、私は子供たちを招待してしまった。無理やり連れてきちゃった。
とても気の毒だなと、思うの。とても無責任だったなと、思うの。
子供を産みたいなら、
その前に、社会をもっとも誠実なものに造り替えてからにすべきだったわ。
それができないなら、子供なんか産むべきじゃない。地球に連れてくるべきじゃない。
そう思うの。
地球には楽しいこともいっぱいあるけれど、
でも、悲しいことや辛いことのほうがもっとたくさんある。
誠実な人であればあるほど、なおさら世界は生きづらい。
そんな世知辛い人生を、私の願望のために子供たちに強要してしまって、
私は申し訳ないって思ってる。後悔してる。
子供が病気になったりグズったりして、私のキャパを超えちゃって、
イライラしてムカムカすると、なおさら悲しくなる。
『自分が望んで産んだのに、逆切れするとは何事だ?』ってね。
それに、
子育てって大変なのよ。寝ずに看病しなきゃいけないし、
やがて我が子が、ネットゲームに課金しすぎて借金でもするなら、
それも肩代わりして、社会に頭下げなきゃいけない。
二十歳過ぎても引きこもり続けるなら、養い続けてやらなくちゃいけない。
私が90歳になっても、60歳のわが子の面倒を見なくちゃいけない。
親になるってそういうこと。子供の全てを背負わなくてはいけないのよ。
そうした、ウンザリするほど大変なしがらみを全部、
逆切れせずに八つ当たりせずに、背負いきれるだろうか?
そこまでよくよく考えたうえで、子供を産むべきだわ。
保育園が満杯でも、子供手当てが廃止されても、旦那が無一文でも、
それでも子供を育てていく覚悟があるか?その対策は練ってあるか?ってね。
私はぜんぜん考えていなかったわ。
ただ可愛い子供とニコニコ過ごすことだけを夢見て、子供を産んでしまった。
無責任すぎたと思うわ。
そもそも、そもそもね?
私の『家庭ごっこ』願望は、死ぬまで続くものではなかったし、ね。
昨日も言ったけれど、私も本当は、愛子さんみたいに自由に生きたいのよ。
それをやってみたい。それも死ぬまで続く願望なのかはわからないけど、
私の『コア』が、それに強く憧れてるのは、わかる。
だから、ハナちゃんも子供を産むなら、くれぐれも慎重にね?」
私には無理だな。子供は産めない。そこまでの責任は持てないよ。
麗子さんに出会って良かった。彼女に話を聞いていなかったら、
私もまた、もっと軽はずみな欲求で子供を産んでいただろうと思う。
そして子供や社会にムカムカして、逆切れするんだ。自分で選んだことを棚に上げて。
『トランク1つで生きていく』



