エピソード25 『「おとぎの国」の歩き方』
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- 2023年3月5日
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エピソード25
4日目。今日あたり、着かないかな?
アジナ村を出てから、舗装道と野道を交互に歩いてきたけど、
もっぱら野道ばっかりになってきた。人里からはかなり離れたはずさ。
緑の色はとても深くて、サビ付いたような色をしてる。
野道っていったって、道かどうかも怪しいよ。前に人が通ったの、何年前?
ゾウリではさすがに危なっかしくて、
僕は臭っさいスニーカーにはき替えた。
いや、そんなに臭くないよ。ハミガキ粉の匂いがする。
それにしても、
野生のクマとかオオカミとか、居ないのかな?
突然襲いかかってきてもおかしくない雰囲気だけど、
爺さんは別段、警戒するふうもない。
向こうも人間を恐れて、身を隠してんのかな?そんな話も聞くよね。
それとも爺さん、クマを張り倒す自信があんのかな?
たぶんソッチだよ。競歩の選手じゃないけど、テコンドーでもかじってたんだ。
たまには僕から、質問を振る。
「ねぇお爺さん?仏陀っていっぱいいるんでしょ?
出家して僧院で暮らしてる坊さんたちも、仏陀ってこと?
タイやラオスにいっぱいいるよね。」
「いやいや!仏陀がいくらかいるといっても、
僧院の輩がみんな仏陀などということは、ない。
それは、チベットの山奥の僧院とても同じこと。
僧院暮らしというのは、シャンバラ暮らしのリハーサルのようなものよ。
むしろ、僧院に仏陀は居ない。一人も、居ない。
僧院は、ゴールではない。修行の場にすぎんのよ。
修行にすぎず、リハーサルにすぎんから、いろんなレベルの者たちがおる。
隠れて大麻を吸う者もおる。隠れて女に会う者もおる。」
「そうだよ!僕、ケータイでしゃべってる坊さん見たことある。」
「携帯電話が悪いとは言わんがな。
いろんな僧がおる。
頑張っている者も多いから、敬意は払うべきじゃが、
かといって、無闇に神格化すべきではない。高位の僧でさえも、な。」
「高位の僧も?」
「そうじゃ。
そもそも、位を授けたり授かったりしている時点で、
そやつらは大した器ではない。
肩書きも名誉も捨て去ることが、出家の意義だというのに、
それすら理解しておらんということじゃからのう。コッケイな様よ。
たいていの高僧は、自分が何のために出家したか、その理由すら見失っている。
そして、神職という新たな階層社会の中で、
権威や癒着、横領、高慢…おろかな煩悩にはまり堕ちる。」
「ふーん。」
『「おとぎの国」の歩き方』



