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エピソード29 『ミシェル2 -世界の果て-』

  • 執筆者の写真: ・
  • 2023年3月24日
  • 読了時間: 7分

エピソード29

「あなたが話してくれたんだから、私も話すべきよね。」

「何か?」

「私も、この人に惚れたの。」

「え!?レオナルドに!?」

「そう。

 ちょっとさかのぼって話すけど、いい?」

「はい。まだお名前も聞いてなかったわ。私はミシェルです。」

「そう、ミシェルちゃんっていうのね。私はエリス。

 私は以前、フランスで美術関連の仕事をしていたの。デザイナーね。

 あるとき旅行でモロッコに来たんだけど、

 この水色の町の美しさに魅せられてしまってね。

 知人の伝手を色々頼って、この工房に仕事を工面してもらうことができたから、

 移住してきちゃったの。もう2年ぐらい前のことになるわ。

 それからは、立ち寄る外国人旅行者とおしゃべりしながら

 革細工とアシスタントに精を出す毎日。

 悪くないわ。どちらも好きなことだから。

 そしてあるとき、この町にさすらってきていたレオに出会ったの。

 彼はふらりとこの店に立ち寄ったのね。

 土産物にはあまり興味がないようだけど、革製品をじっと眺めていたわ。

 『縫製がいいね』って、芸術家らしいこと言ってた。

 少し話をして、そして私が住み込みで働いていることを教えたら、

 『僕も住み込みで働きたい』って言うのよ。

 店主に話を通したけど、

 『無給でアシスタントやってくれるなら、寝泊りさせてやる』

 っていうのが店主の答えだった。ベッドは余ってるからね、この広い家は。

 彼は、レオは、働きたいというより革細工を学びたいだけだったから、

 『無給でもかまわない』と言って、ここで住みこむことになったの。

 私も彼に技術を教えたし、そうじゃなくても話す時間がたくさんあってね。

 それでいつしか、彼に惚れてしまったの。

 最高だったわ。

 好きな町で、好きなことを仕事にしながら、好きな人と暮らす。

 夢みたいな日々だった。

 彼も、この暮らしが楽しそうだったわ。

 でも…。」

「でも?」

「出ていってしまったのよ。彼は。

 2ヵ月くらい前だったかしら。そうか、もうそんなになるのね。」

エリスは何かを思い出すように遠くを眺めて、1つ呼吸を置く。

そして続ける。

「私も、追いかけていこうかとも思ったの。レオを。

 でも、その勇気が無かったわ。

 あなたみたいにたくましくさすらう勇気が、私にはなかった。

 …勇気っていうか、スキルの問題だと私は思ってた。

 誰も私に旅のスキルを教えてくれる人なんていなかったんだから、

 私が彼を追いかけられないことは、仕方ないことだって思ってた。

 それが運命なんだって思ったし、私のせいじゃないと思ってた。

 でも、今あなたの話を聞いて、衝撃を受けたわ。

 私、思い違いをしてたみたい。

 私がここでレオを思いながら枕を濡らすのは、私の運命なんかじゃない。

 私が臆病だっただけ。私が行動しなかっただけ。

 あなただって、親にさすらい放浪を教わったわけじゃない。それが好きなわけでもない。

 それでもあなたは、努力をしたわけでしょう?勇気を振りしぼったわけでしょう?

 そこが、あなたと私の決定的な違い。スキルじゃなくて勇気よ。

 あなたは自分で人生を切り開いて、そして自分の真実を生きている。

 私は自分の人生をあきらめてしまっているわ。」

「でも、フランスからシャウエンまで移住してきたんでしょう?

 それってすごいことよ!」

「ありがとう。そうね、それは我ながら、誇りに思ってる。

 自己実現の1つを、私はなんとかやってのけたわ。

 あれも大変だったし、成し遂げたときは幸せと誇らしい気持ちでいっぱいだった。

 でもそれじゃ、クツを片っぽはいただけなのよ。

 女の人生は、夢だけでは済まないの。

 女の幸福にとって、男性との愛は重要なものなのよ。

 愛する人を振り向かせて、手をつなぎながら暮らし、

 そうして好きなことをライフワークにして生きて、

 それでようやく、女の人生は完成するの。

 それをやってのけた人は、とても幸せそう。とてもとても幸せそう。

 何があろうが、何もなかろうが、

 その2つをつかみ取った女は幸せなのよ。充実感に満ち満ちている。

 100人のうち1人もいないけれどね。

 だから世界の女の99%は、死んだ目をして生きてるのよ。

 自分の愛を生きていないから。自分の愛に目をそらしてしまったから。

 それで、貢いでくれる王子様を見つけたところで、

 幸せを感じられるのは豪勢な結婚式の日だけなのよ。

 次の日からはもう、虚しくなるの。

 だって、横で寝てるのが愛するあの人じゃないんだもの。」

「……。」私はだまって話を聞いている。

「とにかくね、

 それで私の恋は終わってしまったの。

 うふふ。私にはあれ以来、ポストカードの1枚も届かないわ。」

「そんなことないんです!

 私はレオに、無理やりポストカードを催促したんです。

 地理の勉強で使うとかなんとかヘリクツ言って。」

「そうだったの。うふふ。

 でもそういうのって必要よね、恋には。」

「それで、あの…。」私は、ためらいながらも口を開いた。

「それで、レオはどこに行ったの?って聞きたいんでしょう?」

「そうなんです。それが私が出てきた理由だから。」

「……。

 レオの行き先を知って、それからどうするつもり?」

 たとえ世界のどこかで彼と再会したとしても、

 あなたはレオと結ばれることはないわ。」

「え…!

 いや、もちろん…私なんかを彼が好いてくれるなんて思ってないけど、

 でも…、どうして、どうしてそこまでハッキリ断言できるの?」

「大切なのは、『あなたが旅を愛しているかどうか』よ。

 ここまでは耐えてきたけど、もうこりごりだっていうなら、

 あなたはレオとは一緒に生きられない。

 なぜだかわかるわよね。彼はさすらいたい人間だから。

 あなたがあなたの家に彼を住まわせてあげるって言ったとしても、

 アシスタントすらする必要ないと言ったとしても、

 彼はやはり、旅立っていくわ。」

「……!」


レオは、旅を愛しているから旅をしてる。

私は、レオに会いたいから旅をしてる。

旅をしてる理由が、根本的に違うんだわ。

彼を見つけることが出来たとしても、彼の心はさすらったままなのよ。

それでどうするの?それでいいの?

私は考えた。

…考えてもわかんないことよ。感じてみなきゃ。

エリスの言うとおり。

大切なのは、私が旅を愛しているかどうかよ。

タクシーにだまされても、目的地が勘違いでも、夜行列車に席がなくても、

それでも私、まだまださすらいたいの?











行くわ。私。

まだまだ旅できる。


だって旅なんて、市民公園の秘密基地を大きくしたようなもんじゃない。

答えのないことをたくさん学ぶのよ。好きなペースで。好きなやり方で。

そして自由で面白い人にたくさん出会える。

秘密基地は小学生用の教材で、旅は大人用の教材。











「エリス!私行くわ!まだまださすらえる。

 旅を愛してるのか、まだよくわかんないけど、

 でも私、旅ってそんなに嫌いじゃないの。

 列車の床でだって寝れるのよ?私。」

「そう。見かけによらずタフなのね、ミシェルちゃんは。

 私とは違うみたい。」

エリスは静かに目を閉じる。そして続ける。

「それなら教えるわ。

 レオナルドはね、東洋の国に行ったわ。

 タイっていうところ。知ってる?」

「東洋の国?タイ?」私は全然知らない…。

「ここからかなり遠いわ。

 飛行機で10時間以上はかかる。

 文化もヨーロッパとは全然違うところ。モロッコとも違う。

 私も詳しくは知らないけどね。あまり文明の利器が発達していないところよ。」

「大丈夫よ。私、エジプトで100年前の幽霊屋敷に泊まったもの。

 ホテルじゃなくてユースホステルでも大丈夫なの。」

「ユースホステルよりもっと質素かもしれない。

 彼はお寺に泊まるとか言ってたから…。」

「お寺に!?」

「なんでも、仏教のお寺で修業がしたいんですって。

 キリスト教の教会は祈るところでしょう?

 仏教のお寺は修行をするところなの。

 僧院って言ってね。修行したい人たちの暮らすお寺があるんですって。」

「いいじゃない。東洋の教会、どんなところか見てみたいわ。」

「ところでミシェルちゃん、

 お金にはまだ余裕があるの?

 タイ自体は物価の安い国だけど、

 旅はまだまだ先が見えないから、お金が結構いるんじゃないかと思うけど。」

「あ…!

 どうしよう。私、帰りの飛行機を買うお金すらないんです。

 お金なくなったらその町で働けばいいやとか考えてて…。」

「ホントにタフなのね、ミシェルちゃんは。感心しちゃう。

 この町で仕事を探す?」

「そうね。そうするしか道はないもの。

 何かたくさんお金が稼げる仕事があるかしら?

 安宿に泊まるにしても、その費用とさらに旅費を稼ぐとなると大変だわ。」

「宿に関しては協力してあげられるかも。」

「そう。安く泊まれるところ教えてほしいの。

 それがあなたに会う目的だったのよそもそも。」

「そうじゃなくて。探す必要もないわ。

 ここの店主に掛け合ってあげる。

 渋い顔するなら私の寝室で寝ればいいわ。

 列車の床で寝たことあるなら、古いマットレスでも我慢できるでしょ?」

「できるわ!

 会ったばかりなのにこんなに優しくしてくれるなんて。

 エリスって素敵な人なのね。」

「あなたの愛が美しいからよ。

 だから協力したくなるの。」


『ミシェル2 -世界の果て-』

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