エピソード5 『「おとぎの国」の歩き方』
北駅に着いて、驚いたね!
なんでかって?
暗くて、そのうえ物悲しい空気に包まれているからさ。
まるで三途の川行きの列車駅なのかってくらい、寂しい雰囲気なんだ。
コルカタにはいくつか鉄道駅があって、
一番大きなトコであれば、それなりに賑わってるとは思うよ。
首都デリー方面の列車が発着するから、
列車の数も乗客の数も、それなりに多いはずさ。
でもこの北駅なんてのは、およそ三途の川行きとビハーリー行きしかナイんだ。
だからえらく寂れてる。
駅に到着したのが日暮れどきだったから、なおさらだったんだとおもうよ。
貧困国の貧困駅だからね、外灯とかぜんぜんナイ!
駅名を示す電工表示が、かろうじて青く光ってる程度だよ。
それだって、100mに1個ある程度でさ。
売店があったらそれも明るいんだろうけど、1個もありゃしない。
腐ったパンを売り歩いてる行商人は、2人くらいいるけどさ。
売店がナイんだから、自販機だってナイよ。自販機なんて、インドに1つもナイさ。
だからホントに真っ暗だよ。
人は、けっこう居るんだ。乗客は、それなりに居る。
でも、その乗客たちってのがさ、
それこそ三途の川行きの列車を待ってるんだろうってくらい、
暗く沈んだ表情をしてるんだよ。
三途の川行きじゃないにしたって、夜逃げなんじゃないかって顔さ。
たくさんの荷物抱えてんだけど、それが風呂敷包みでさ。
ボストンバッグとかスーツケースとか買えないんだよ。
風呂敷だか毛布だかで、家財道具を包み込んでる。
地べたに座りこんで、毛布にくるまって、家族や友人と身を寄せ合って、
笑いも話しもしないで、じーっと待機してんのさ。
もの欲しそうに、僕の顔なんか見つめちゃってさ。
中には、修学旅行の小学生みたいな元気なのも居るけど、
8割方は、そんな暗ーい人たちだよ。
とりあえず、
線路に1台、列車が停まってる。長い長い列車だよ。
発展途上国の列車は、どれもすごい長いけど、
インドのこれは、さらに長い。1kmくらいあるんじゃない?ホントにさ。
これ、ポイントなんだ。インドの列車の車体は、果てしなく長いってコト。
ビハーリー行き、この列車かな?
わかんない。
だって、どこにも行き先とか書いてないんだ。
ホームには電光掲示もナイし、列車にも何も書いてナイ。
ときどきヘンな言葉が書いてあるけど、たぶんコリャ、車体の名前や製造番号だよ。
表示がナイなら駅員に訊けばイイ話なんだけど、
その駅員も、居やしない。どうなってんの?居やしない。
一人くらいは居るけど、彼は誰かと電話中で、ぜんぜん終わりそうもない。
駅員に聞けないなら、そこらのオッサンに訊けばイイんだ。そんなの知ってる。
オッサンはいっぱいいる。
でも、英語を話せる人となると、一人も居やしない。
コルカタの町にはあんなに大勢、うっとおしいほど居たってのに、
観光客と接することのない一般市民となると、とたんに英語がしゃべれないらしいよ。
この駅を使うのは貧しい人が多いから、余計に学がナイんだろうさ。
車掌くらいはいるハズさ。そりゃそうだ。
僕は車掌を探した。
手前側の端っこの車両に、車掌なんてのは居なかった。
すると、こっちはお尻で、向こうが頭か?
僕は、反対の端っこまで歩くことにする。
…でも、その端っこってのが、1kmも先にあるわけさ!
バックパックを背負って小走りで、息切らしながら走ってみたけど、
向こうの端にも、誰も居やしない。ますます誰もいないし、ますます暗いしさ。
僕は仕方なく、しょんぼり引き返す。1kmほどね。
とりあえず、人の多いあたりでストップして、
とにかくチケットを見せながら、知らないオッサンに声を掛ける。
「おぉ。3等車か、それならアッチだよ。」
と、今引き返してきたばっかりの方向を指さされる…
「はぁ。」ため息をついて、それでも僕は、言われたままに歩く。
良く見りゃ、車体に番号が書いてある。
僕は、「3」という数字を見つけて小躍りして、
その車両に乗ってみる。
あれ?寝台列車じゃないぞ!?普通の座席車両だ。
旅行代理店の人、取り間違えたのかな?まぁイイよ。乗れればさ。
僕はとりあえず、その車両の空席にテキトーに座ってみる。
すると、後ろに座ってるオッサンが、僕の肩を叩く。
何言ってるかワカンナイけど、やっかい者扱いされてるのは、わかる。
おおかた、「そこはワシの連れの席だ!」とか言ってるんだろう。
うん。ゴメン。たぶんその通りだよ。
僕はチケットを見せて、「この席はどこ?」と尋ねる。
「スリープ!スリープ!」
と、珍しく知っていたんであろう英単語を誇らしげに叫んでくれるけど、
それくらいは、わかってるんだよ。僕のシートはスリープ席さ。
その席はどこにあんの?
身振り手振りで訊くと、「あっちだ!あっちだ!」と言う。
わかって言ってんのかな?テキトーに追い払ってるだけかな?
よくワカンナイけど、このオッサンを怒らせてもメリットはナイから、
また列車を降りて、彼の指す方向に歩いてみることにする。
もう出発時刻の10分前だよ。そろそろ座っとかないと!
『「おとぎの国」の歩き方』


