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エピソード5 『かのんのノクターン』

  • 執筆者の写真: ・
  • 2023年4月14日
  • 読了時間: 2分

エピソード5

かのんの実力は、学校の中では並だった。

しかし、その無垢さ従順さは、生徒たちの中でも際立った。

そのような「人柄部分」を気に入った、ジャズ理論の教師が、

かのんに、ちょっとした仕事を回すことになった。

府中の児童福祉施設で、ピアノ・リサイタルをすることになったのだ。

それは、館長の還暦を祝うパーティの、余興だった。


かのんにとって、初めての「仕事」であり、

無関係な人々の前での演奏だった。

たった5分の出番ではあったが、

かのんはマリーアントワネットのようなドレスを着て、

気合充分・練習充分に、初めての仕事に臨んだ。



先方の依頼は、極めてシンプルだった。

「何か、有名な曲を弾いてほしい」

それだけだった。


かのんは、リストの「愛の夢」を選んだ。

例のジャズ理論の教師が、その曲を推した。

誰でも知っている曲であり、かのんが得意としている曲だった。

かのんとしては、好都合この上なかった。


冒頭の美しい旋律から入り、

そして展開部の壮絶な速弾きを、1音も間違えずに完璧に弾ききった。

かのんは丁寧におじぎをして、

「館長さん、おめでとうございます」と祝辞を述べて、席を立った。



館長をはじめとした聴衆は、盛大な拍手を贈った。

しかし、それだけだった。

拍手は大きいが、その顔は無表情だった。

かのんは、少し残念に感じたが、

初めての仕事・初めての対外演奏であったので、

あまり多くを望みはしなかった。機会をもらい弾ききっただけで、満足だった。



かのんの演奏が終わると、パーティは歓談に入った。

かのんも緊張から解放され、食事やケーキを楽しんだ。


すると、

空いたピアノに、施設の子供が3~4人、無邪気に群がっていった。

そしてそのうちの1人が、ピアノで弾き語りをはじめた。

15歳くらいの、天真爛漫な笑顔の少女であった。


 か ん ちょ う さーん

 お め で と さーん

 ろ く じゅ う ねんも 生きて 

 ご く ろ う さーん ♪


即興だった。もちろん、自作である。

伴奏は童謡のごとく単純で、ほとんど4分音符だけで構成されている。

彼女は、更に思いつきで、

2番を歌い、3番も歌った。


聴衆は、彼女の即興に気付き振り返り、

3番が終わる頃には、ほとんど全ての聴衆が聴き入っていた。


そして。


盛大な拍手が沸き起こった!

高らかな笑い声と、そして声援が飛び交った!

明らかに、

かのんのときよりも盛大なリアクションだったのだ!



かのんは、呆然としてしまった…


自分は音大レベルの演奏をした。難曲を、完璧に弾いた。

相手は小学生レベルの演奏だった。単純な曲を、適当に弾いた。


しかし、

聴衆が喜んだのは、

単純な、適当な曲のほうだったのだ!!


『かのんのノクターン』

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