エピソード6 『お遍路さんの集まる喫茶店』
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- 2023年3月31日
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エピソード6
「仮眠室」と「公認食い逃げ屋さん」
を、二つ同時に見ていきましょう。
私のお店は、
お遍路道沿いに、建っているのです。
店を建てることを決めたとき、
歩きお遍路さんへの「お接待」を兼ねられる店にすることを、
至上命題に掲げたのです。
ですから、
日々、何十人、時には何百人もの歩きお遍路さんが、
お店の前を、しんどそうな顔をして、通り過ぎて行かれます。
その全員を!というわけにはいかないのですが、
気になったお遍路さんには、
「中で休んでいかれませんか♪」
と、声を掛けてしまいます。
私の呼びかけに応じる歩きお遍路さんは、
たいてい、「お接待」を期待してはおらず、
有償飲食のつもりで、入店されてしまいます。
私のお店は、
歩きお遍路さんからお金を頂戴することは、ありません。
私たちは、
「歩きお遍路さん相手の商売」をしたかったのではなくて、
「歩きお遍路さんに、奉仕」をしたかったのです。
…そういえば、
「お接待」という言葉は、
四国の住民以外は、耳慣れないかもしれませんね。
そこから、説明することにしましょう。
四国には、古来から、お遍路文化があります。
(それは、ご存知で有られると、助かるのですが…。)
お遍路歩きは、霊的な修行の一環です。
近年は、スポーツのような感覚で行われる方も増えて来ましたが、
いずれにしても、
自分をストイックに追い込んで、真剣に行われています。
そのような崇高な方々に、
近隣の住民たちが、
食べ物や寝床などを提供する行為を、「お接待」と呼ぶのです。
近隣の住民たちは、
「お接待」を純粋な奉仕心から行うことで、
徳を積むというか、精神修行を、行うのです。
そのため、
四国の外周地域には、
「お遍路さん歓迎!」などと書かれたのぼりを立てるお店が、
数多く、見受けられます。
彼らは、
「お接待」をするつもりなのでしょうか…?
どうやら、
そのようなのぼりを掲げるお店の99%は、
奉仕修行などは、考えてはいないようです。
「お遍路さん歓迎」というのは、
「お遍路さんを、お客として歓迎します」
といった意味合いなのです(笑)
つまり、
普通に、代金を徴収するのです。
せいぜい、
ジュースを一杯サービスするとか、10%引きとか、
その程度の「お接待」に留まっています。
…どうなのでしょう?
800円のうどんを食されたお遍路さんに、
ジュースを一杯付けたり、10%割り引くことを、
「奉仕」と呼べるんでしょうか?
私の感覚ですと、
それはあくまで、
「狡猾な経営戦略」のようにしか、感じませんが…
皆さんは、どう思われますか?
世相は、このような接客を、「奉仕」と定義するのですか?
…とまぁ、そういう経験則から、
私が、「休んでいかれませんか♪」と声を掛けても、
歩きお遍路さんたちは、自腹を切るつもりで、おられるのです。
私は、嫌われるのを覚悟で、
ガメツい商売人を、演じます。
定食などを注文されたお遍路さんに、
「コーヒーもどうですか?美味しく淹れていますよ♪」
と、プレッシャーを掛けるのです(笑)
お遍路歩きをするような方々は、
たいてい、気が優しいので、
「あ、じゃぁ、頂きます…」と、言ってしまわれます。
お遍路談義などしながら、ゆっくりと食事をされて、
いざ、お会計の段になったら、
私は、正体を現すのです♪
「お会計は、頂戴しません。
どうぞ、そのお財布は、
もっと困ったときのために、仕舞っておいて下さいな♪」
と…。
お遍路さん方は、たいてい、驚かれます(笑)
何しろ、
私のことを、ガメツいオバタリアンだと思い込んでいるのですから♪
でも、
私のお粗末なサプライズ・プレゼントであったことが解ると、
笑顔を取り戻され、お財布を手元に戻してくださいます。
大抵の歩きお遍路さんは、
二束三文で、歩いておられるのですから…
…そうなのです!
たいていの歩きお遍路さんは、
殆ど、お金を持ち併せていません。
無銭で歩かれている方も、いらっしゃるほどです。
なのに、
「お遍路さん歓迎!」
というのぼりを立てて、
さも、無償で飲食提供するかのように、彼らを誘導する商売人は、
「血も涙も無いのだろうか!?」
と、理解に苦しむのですが、
やはり、商売というのは、そういうものなのでしょうか?
貧しい人を騙してでも、お金をむしり取りたい方々が、
商売というものを、するのですか?
田舎である四国にも、
詐欺すれすれと感じられるような商売人が、
ずいぶんと、増えてきてしまっています…。
『お遍路さんの集まる喫茶店』



