エピソード6 『名もなき町で』
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- 2023年3月16日
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エピソード6
そんなふうにして、
僕の奇妙な共同生活は始まった!
だいたい僕は、昼の12時までそこで眠ってる。
ようこママやジェシーが店に現れるのが、その時間だからさ。
12時過ぎて店の中に入ると、
ママがピザトーストを焼いてくれる。ときどきはパニーニになる。
そしてジェシーがカフェオレを淹れてくれる。
「コーヒーは1さじか?大盛りか?
砂糖は?ミルクは?」
ジェシーは、僕のカフェオレの好みを完璧に再現しようと、
根掘り葉掘り聞いてくる。優しいんだよ。
そして職人気質なんだ。ジェシーはもともと、純喫茶的なカフェにも興味があったらしい。
今は音楽に特化するために、市販のアイスコーヒーとかを出しているけど、
「その気になれば、美味ぁいコーヒー淹れたるで♪」と、例の目線で笑う。
職人気質な人間っていうのはたいてい、気難しくてとっつきにくい。
でも、ジェシーは違うんだ。
路地裏喫茶のマスターでありながら、
大衆居酒屋の店長みたいに、ほがらかで礼儀正しい。
昔はヤ○ハで営業とか修理とかやっていたから、
礼儀も人あたりの良さも、すごくわきまえてる。電話の向こうのヒトにも、深々とおじぎしてる。
ジェシーはあんまり、お金を取りたがらない。
ギターの腕前が超絶で、先生ができるほど音楽理論も備えるけど、
お金取ることを好まない。
それじゃ経営していけないから、「じゃぁ1,000円だけもらうわぁ」と言い、
それをママが制止して、「1,500円は取らんと!」となだめる。
そして、生徒の誰もが、「1,000円にマケてよ!」なんて言わない。
ジェシーが安価で尽くそうとすればするほど、
お客さんたちは、「いやいや、払わせてください!」と多めに払いたがる。
「与えたがる人間」が集まるから、こういう好循環が生まれる!
「搾取したがる人間」ばかりだったら、こう上手くはいかないんだよ。
店は枯渇して、そしてジェシーは飢え死にしちゃうんだ。
ジェシーのような利他的人間のそばには、
イエスの使徒みたいな協力者が集まらなきゃいけないんだよ。
そういうチームが、この店ではちゃんと形成されてる。
この店は、日本の近未来のモデルだよ。
お金を介入させるのは良いとして、誰もが利他的でなくちゃね♪
ジェシーは、みんなから尊敬され、慕われてる。
かといって、ジェシーは聖人君主だったりはしない。
ロックミュージシャンなんて反社会的な人種だし、
ジェシーはみんなから「エロガッパ」って呼ばれてたりする。酒は飲むしタバコも吸うし。
繰り返すよ?
ロックミュージシャンだし、エロガッパだし、
酒は飲むしタバコも吸うけど、
それでもジェシーは、みんなから慕われ、尊敬されてる。
常連客のみんなは、「聖人君主=人格者」なんて堅い価値観はしていないんだ。
「人格者はエロくていいし、遊びがあったって良いんだ」って、理解してる。
エロくて遊んでるような人にでも、寄付まがいにお金を差し出す。
ここには、宗教を超越した、宗教的求心があるんだよ。
そんな人格者なジェシーだけど、
ジブンでは人格者だなんて思ってなかったりするんだなぁ。
それに、「昔はそうとうキカンボウだったでぇ」と笑ってる。
悪いことや危ないことを、散々やってきたらしい。
三十路前に家族を背負ったりはせず、好き勝手自由奔放に生きてきたんだよ。
そうして色んなことを経験してきたから、
もう、「他人に尽くすこと」くらいしか、やりたいことがなくなっちゃったんだ。
男ってのはそういうモンだよ。
やりたいことを一通りやり終えてしまったなら、
あとはもう、奉仕的なことにしか興味がなくなってしまう。
若いギャルに鼻の下を伸ばすこと以外には、
奉仕的なことだけやってりゃ、それで充分なんだ。
『名もなき町で』



