エピソード8 『トランク1つで生きていく』
メグミさんの家は、倉敷駅から車でほど近いところにあった。
1DKのアパートで、部屋はかなり広い、8畳か10畳はある。
なぜかといえば、二人暮らしをしているからだ。
メグミさんは普段、彼氏さんとここで同棲をしている。
けれどちょっと前から、彼氏さんは海外に行っているとのことで。
一人ぼっちは寂しいから、ぜひともハナに来てほしいと、メグミさんは言った。
「困ってる子を助けてあげたい」というよりも、
「わたし寂しいから助けて」というニュアンスが強いのかもしれない。
私は別に、それでもかまわない。
メグミさんを助けることで私が助かるのだから、一石二鳥というか、ね。
メグミさんは、私のためにたくさん料理を振るまってくれて、
ヒマつぶし(話題作り)になるようなものを、次から次へと引っ張りだしてきた。
彼女もまた、私と同じであの女優さんのファンなのだけれど、
あの女優さんとはぜんぜん似ていない。
あの女優さんは、彼女自身と小さなトランク、それだけで完結している。
けれどメグミさんは、
何かほかのもので埋めていないと、とたんに水漏れして沈んでしまう、
難破船のようだった。
まぁ、私だって智子ちゃんにはぜんぜん似ていないけれど。
メグミさんは、「私のことはメグちゃんと呼んで」と私にお願いした。
私よりも6つも年上なのだけれど。私は二十歳で、彼女は26だ。
「メグちゃん」と呼ばれるほうが、親しいカンジがするからだと、彼女は説明した。
親密なものに包まれている実感を、メグちゃんは渇望しているらしかった。
メグちゃんが悪い人なのかといえば、そんなことはまったくない。
彼女は私に、彼女の部屋着をたくさん貸してくれた。「どれでも着ていいよ」と。
そして、洗濯機を使わせてくれた。私は汚れていた服やタオルを洗い、
ふだんは着ない、パステルピンクのモコモコ猫耳パジャマを楽しんだ。
私は、メグちゃんのセミダブルベッドで眠ることになった。
メグちゃんは最初、床に別の布団を敷いてそちらで眠っていたけれど、
夜半すぎ、もそもそとベッドの中にもぐりこんできた。
そして私の手を大事そうに握りしめ、赤ちゃんのように丸くなって眠っていた。
メグちゃんの「寂しくて仕方がない」というのは、こういうことらしかった。
彼女は、一人では眠れないのだ。
眠れないこともないけれど、誰かのぬくもりを感じながらでないと、落ち着かない。
普段は彼氏さんがいてくれるけれど、
彼がいなくなると、とたんに喪失感でいっぱいになってしまう。
家にはモノがたくさんあり、美味しい料理も珍しいお酒もいっぱいあって、
素敵な彼氏もいる。
けれども彼女は、幸せではない。
愛子さんよりもずっとずっと、愛子さんの10倍くらいもモノとぬくもりを持っていて、
それでも愛子さんよりも絶望的に不幸で、喪失感にさいなまれている。
朝起きると、やはりメグちゃんは私よりも先に起きていて、
キッチンで朝食の準備をしてくれていた。
私は差し込む日差しに目をしばたかせながら、意識を現実へと引き戻そうと、努めた。
見慣れない場所で目覚めると、それが夢なんだか現実なんだか、
よくわからなくなる。なりません?
えぇっと、
地震があって、愛子さんに助けてもらって、メグちゃん家に来て、目覚めた…。
うん。意識はハッキリしている。けれど、妙な違和感がある。
なんだろうとおもったら、テレビが点いていないのだ。
この家の雑多感やメグちゃんの寂しがり感からすると、この家の立派なテレビは、
常に点けっぱなしにされているほうが自然な感じがする。
けれども、昨日の来訪から、一瞬たりとも動かない。何もしゃべらない。
「テレビ、壊れてるの?」とメグちゃんに聞くと、「そんなことないよ。」と言う。
「点けないほうがいいと思って。」と、彼女は付け足す。
「どこのチャンネルも熊本地震のことばっかりで、
それ見たら不安になるんじゃないかと思って。」
彼女はそこまで、私のことを気遣ってくれていたのか!
けれどもどうも、申し訳ないことに、
メグちゃんよりも私のほうが、悩みやストレスを感じていないような気がした。
もちろん、テレビを点けない・震災ニュースを見ないというメグちゃんの判断は、
私にとってありがたかったとは思うけれど。
メグちゃんを見ていると、愛子さんの言っていたことがよくわかる。
メグちゃんは、「のり付け」され過ぎてしまっているんだ。
だから彼氏がいないと、とたんに不安に、不幸になってしまう。
彼氏のいるいない、モノの多い少ないは、幸不幸にあまり関係ないんだ。
「のり付け」されてしまっている人は、
どれだけ所有物が多かろうと、彼氏が有名人だろうと、欠乏感と隣り合わせ。
このことに気づかないと、いつまで経っても幸せな人生にはたどり着けないんだ。
『トランク1つで生きていく』



