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エピソード8 『トランク1つで生きていく』

  • 執筆者の写真: ・
  • 2023年3月9日
  • 読了時間: 4分

メグミさんの家は、倉敷駅から車でほど近いところにあった。

1DKのアパートで、部屋はかなり広い、8畳か10畳はある。

なぜかといえば、二人暮らしをしているからだ。

メグミさんは普段、彼氏さんとここで同棲をしている。

けれどちょっと前から、彼氏さんは海外に行っているとのことで。

一人ぼっちは寂しいから、ぜひともハナに来てほしいと、メグミさんは言った。

「困ってる子を助けてあげたい」というよりも、

「わたし寂しいから助けて」というニュアンスが強いのかもしれない。

私は別に、それでもかまわない。

メグミさんを助けることで私が助かるのだから、一石二鳥というか、ね。


メグミさんは、私のためにたくさん料理を振るまってくれて、

ヒマつぶし(話題作り)になるようなものを、次から次へと引っ張りだしてきた。

彼女もまた、私と同じであの女優さんのファンなのだけれど、

あの女優さんとはぜんぜん似ていない。

あの女優さんは、彼女自身と小さなトランク、それだけで完結している。

けれどメグミさんは、

何かほかのもので埋めていないと、とたんに水漏れして沈んでしまう、

難破船のようだった。

まぁ、私だって智子ちゃんにはぜんぜん似ていないけれど。

メグミさんは、「私のことはメグちゃんと呼んで」と私にお願いした。

私よりも6つも年上なのだけれど。私は二十歳で、彼女は26だ。

「メグちゃん」と呼ばれるほうが、親しいカンジがするからだと、彼女は説明した。

親密なものに包まれている実感を、メグちゃんは渇望しているらしかった。


メグちゃんが悪い人なのかといえば、そんなことはまったくない。

彼女は私に、彼女の部屋着をたくさん貸してくれた。「どれでも着ていいよ」と。

そして、洗濯機を使わせてくれた。私は汚れていた服やタオルを洗い、

ふだんは着ない、パステルピンクのモコモコ猫耳パジャマを楽しんだ。


私は、メグちゃんのセミダブルベッドで眠ることになった。

メグちゃんは最初、床に別の布団を敷いてそちらで眠っていたけれど、

夜半すぎ、もそもそとベッドの中にもぐりこんできた。

そして私の手を大事そうに握りしめ、赤ちゃんのように丸くなって眠っていた。


メグちゃんの「寂しくて仕方がない」というのは、こういうことらしかった。

彼女は、一人では眠れないのだ。

眠れないこともないけれど、誰かのぬくもりを感じながらでないと、落ち着かない。

普段は彼氏さんがいてくれるけれど、

彼がいなくなると、とたんに喪失感でいっぱいになってしまう。

家にはモノがたくさんあり、美味しい料理も珍しいお酒もいっぱいあって、

素敵な彼氏もいる。

けれども彼女は、幸せではない。

愛子さんよりもずっとずっと、愛子さんの10倍くらいもモノとぬくもりを持っていて、

それでも愛子さんよりも絶望的に不幸で、喪失感にさいなまれている。


朝起きると、やはりメグちゃんは私よりも先に起きていて、

キッチンで朝食の準備をしてくれていた。

私は差し込む日差しに目をしばたかせながら、意識を現実へと引き戻そうと、努めた。

見慣れない場所で目覚めると、それが夢なんだか現実なんだか、

よくわからなくなる。なりません?

えぇっと、

地震があって、愛子さんに助けてもらって、メグちゃん家に来て、目覚めた…。

うん。意識はハッキリしている。けれど、妙な違和感がある。

なんだろうとおもったら、テレビが点いていないのだ。

この家の雑多感やメグちゃんの寂しがり感からすると、この家の立派なテレビは、

常に点けっぱなしにされているほうが自然な感じがする。

けれども、昨日の来訪から、一瞬たりとも動かない。何もしゃべらない。

「テレビ、壊れてるの?」とメグちゃんに聞くと、「そんなことないよ。」と言う。

「点けないほうがいいと思って。」と、彼女は付け足す。

「どこのチャンネルも熊本地震のことばっかりで、

 それ見たら不安になるんじゃないかと思って。」

彼女はそこまで、私のことを気遣ってくれていたのか!

けれどもどうも、申し訳ないことに、

メグちゃんよりも私のほうが、悩みやストレスを感じていないような気がした。

もちろん、テレビを点けない・震災ニュースを見ないというメグちゃんの判断は、

私にとってありがたかったとは思うけれど。


メグちゃんを見ていると、愛子さんの言っていたことがよくわかる。

メグちゃんは、「のり付け」され過ぎてしまっているんだ。

だから彼氏がいないと、とたんに不安に、不幸になってしまう。

彼氏のいるいない、モノの多い少ないは、幸不幸にあまり関係ないんだ。

「のり付け」されてしまっている人は、

どれだけ所有物が多かろうと、彼氏が有名人だろうと、欠乏感と隣り合わせ。

このことに気づかないと、いつまで経っても幸せな人生にはたどり着けないんだ。



『トランク1つで生きていく』

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