エピソード8 『沈黙のレジスタンス』
僕は父に、「たまには里帰りしようよ」と提案した。
2年も戻っていなかったから、父も思った以上に乗り気だった。
帰省中の滞在は、親戚の1つが受け入れてくれることになった。
ガットキアに戻ると、
僕は、一目散にデニーの「2階」に向かった。きっとここにいる。
久しぶりの再会に、僕の胸は高鳴った。
あのタカのような強い瞳に、僕は飢えていたからね。
しかし…
デニーは激変していた。
「2階」に居たには居たけれど、
彼はたくさんの酒を持ち込み、のんだくれていたのだ…
「デニー!いったいどうしちゃったんだよ!」
「おぉ、エニスか。よく帰ったな。
オマエも1杯飲むか?美味いぞ、この酒。」
その目にはクマができ、うつろで、昔の覇気は感じられなかった。
「飲むわけないだろ!何やってんだよ!」
僕はデニーの胸ぐらに掴んでかかった。
「うっせぇな。色々と、事情ってもんがあるんだよ。」
「事情?どんな事情があるっていうのさ!」
「仲間がな、いないんだよ。同志がな。」
「仲間?」
「そうさ。
オレについてくるようなヤツが、一人も現れない。オマエが去ってからはな。
何をやるにしたって、仲間が要るさ。
その仲間が、オレにはいないんだ。やさぐれもするさ。
僕は、デニーの襟首から手を離した。
僕は、無理やり話を変えた。
「この部屋、物が増えたね?」
本棚とかちゃぶ台とか、こまごまとした家具が並んでいた。タンブール(ギター)まである。
壁には幾つも、小さな棚が掘り開けられ、
珍しい舶来品の置物や、みやげ物が飾られている。
「そうだな。ヤツのおかげでさ。」
デニーは、部屋のすみっこを指さして言った。
今まで気づかなかったけど、
部屋のすみで、男の子がぶるぶる震えながら、僕らのことを見ていた。
見たことのある顔だ。「チャゴス…?」
「そうだよ。」チャゴスの代わりに、デニーが答えた。「コイツん家、金持ちだろ?」
思い出した。ケンカの弱い少年だ。
「デニー!弱虫チャゴスから巻き上げたのか!
いくらデニーでも許さないぞ!」
僕はふたたび、デニーに食ってかかった。
「待てよ待てよ。早とちりすんな。
オレは何も巻き上げちゃいない。
チャゴスをいじめてもいない。むしろ逆さ。な?チャゴス。」
チャゴスはなおも震えながら、でもデニーの問いかけにうなずいた。
「チャゴス!口裏あわせなんかいらないんだぞ!
いくらデニーだって、僕がやっつけてやる!」
「待てよ!落ち着けよエニス。
いいか?話を聞け。
チャゴスは金持ちの坊ちゃんだ。そのうえ弱虫だ。いじめられることも多い。
家に帰ればベッドもソファーでもなんでもあるが、
かといって、コイツの親父も、チャゴスに辛く当たった。
こんなんじゃ家業のあと取りになりっこないからな。
チャゴスは、いじめられてもかばってくれるヤツがないし、居場所をなくした。
それで、オレに助けを求めてきた。」
「デニーに…?」
「あぁ。オレもビックリしたがな。
オレは、『オマエのためにケンカはしねぇぞ』と言った。
ケンカはもう、ウンザリなんだ。親父のようにはなりたくねぇ。
だから、『ケンカはしねぇぞ』と言った。
チャゴスは、『それでいい』と言った。『ただ、かくまってくれればいい』と。
コイツは別に、親父やいじめっ子に復讐をしたいわけじゃない。
ただ、平和に暮らしたいだけなんだ。
だから、オレはオレの部屋に通してやった。『いつでも来い』と言った。
それだけだ。オレが言ったのもやったのも。
オレが拳を振り上げないとしても、
オレにケンカ売るヤツなんて、最近は居ないからな。
チャゴスは、ときどきこの部屋に来るようになった。
一人でおっとなしく本でも読んでやがる。それか棚を掘ってる。
そのうち、菓子や食い物を持ってくるようになった。
オレは何もせびってないぞ?勝手に持ってくるようになったんだ。
『お礼だよ』と、チャゴスは言った。
それがいつしか、家具になりタンブールなった。それだけだよ。」
僕は、チャゴスの顔を見た。
チャゴスはなおも震えながら、でもハッキリとうなずいた。
「そうなのか。」どうやらそれが、真実らしい。
『沈黙のレジスタンス』



