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エピソード8 『碧い鳥 -最高の医療は何だ?-』

  • 執筆者の写真: ・
  • 2023年3月30日
  • 読了時間: 5分

エピソード8

次のドアをくぐると、私は不意に驚いてしまいました。

思いがけず、人が大勢いたので。

「わお!ヨガの部屋ですね?」

「シー。お静かに。

 …まぁ、来客ていどで気の散る人間などここにはいませんがね。

 一応マナーとして、静かにしておいてやってくだされ。」


それにしても…

彫刻かとカンチガイしてしまいそうなほど、みんな、動かない…

1つのポーズを決めたら、それを3分も5分もずーっと続けてる。

「どうなってるんですか?コレ。

 珍しい流派とかなんですか?」

陽菜は、小声で尋ねる。

「いえいえ、別に特殊な流派ではありませんよ。

 こうしたポージングが、むしろ、本来のヨガなのです。」

「これが!?

 陽菜、ヨガの体験会とかいくつか見にいったことあるけど、

 こんなにじっとしてるスクール、1つも無かったですよ!?」

「ははは。そうでしょうなぁ。

 それこそがつまり、商業化の弊害なんです。

 ヨガ・スクールで教えている内容というのは、あまり正しくない。

 あまり、ヨガの本質を突いていないんですよ。」


「ヨガの本質って、何なんですか?」

「幾つかありますけどもね。

 まず第一に、柔軟体操です。柔軟な体を作ること。

 そして第二に、筋力強化です。筋力を養うこと。

 そのどちらにせよ、

 一つの筋肉運動を長時間続けなければ、あんまり効果がないんですよ。

 思い出してもみてください。

 体育の時間に前屈を15秒やった程度で、手のひらがペタっと着くようになります?」

「ならない…ですねぇ。

 かれこれ、15年くらい学校で前屈やらされまくったけど、

 指先着く程度で、精一杯ですよね…」


「そうでしょう?

 それなのに、ヨガの本格的なスクールでさえも、

 1つのポーズにつき30秒程度しか、割かない。

 だから、実際のところは、あまり肉体強化になってないんですな。

 商業化してしまうと、どうしてもそうなってしまうんでしょう。

 一授業30分だか45分だかの間に、

 10も20ものポーズを教えなくてはなりません。

 すると、1つのポーズには30秒しか割けなくなってしまいますな。

 忙しい先進国社会では、

 ヨガを本格的にたしなむのは、少々ムリがあるんですよ。どうもね。」


「チベットの人たちは、どういうふうにやってるんですか?」

「およそ一日中、ヨガをやってますよ。

 アクロバティックなほど柔軟で強靭なヨギーたちは、

 呆れるくらい長い時間、ヨガに割いています。」

「ヨガを?一日中!?」

「そう驚くこともないでしょう。

 スポーツ選手も音楽家も、やはりそれくらい長時間打ち込むはずだ。

 そうしてようやく、、彼らの超人的な技術が出来上がる。

 ヨガの超人になりたいなら、それくらいの労力を要しますし、

 健康管理程度に留めるとしても、毎日1時間くらいは費やすべきですよ。

 前屈のポーズにも5分。開脚のポーズにも5分。

 どのポーズにも、5分以上は費やしたほうが良いです。

 そして、週に1度や2度スクールで行うのではなく、

 毎日毎日、家でも地道に行うことです。

 スクールなんて、ポーズをいくつか覚えたら、もう止めてしまっていいですよ。

 それよりも、毎日コツコツ続けることのほうが、重要なんです。

 30秒で飽き飽きしないで、3分も5分も続けることが、重要なんです。」


「…そうやってじっくり前屈とか開脚とかやってたら、

 いつか、悟りが開けるんですね?」

「はっはっは!残念無念。

 そういうわけでもないんですよ。

 …うん。日本人も欧米人も、ヨガをかいかぶり過ぎてらっしゃる。

 『とても神秘的な体技であり、悟りに通ずるカギである』と。」

「…そうじゃないんですか?」

「そうではありません。

 伝承に出てくるようなヨギーは、たしかに、神秘的な何かに達している。

 かといって、彼らは別に、

 ヨガ鍛錬によってそこに達したわけではないのです。

 神秘的な覚醒者たちの好む趣味が、たまたま、ヨガだったということ。

 ヨガというのは、勝ち負けもなく、道具も要らず、柔軟にもなるので、

 平和質素な覚醒者たちにとって、とても馴染みやすいスポーツなのですよ。」


「そうだったんですか!?

 ヨガをやっても、悟りは開けないの!?」

「負担の少ないポーズを静かに30分も続けるなら、

 まぁ、座禅瞑想のような効果も、あるにはありますがね。

 しかし、だからと言って、

 『ヨガが神秘である』と定義付けるのは、いささか乱暴でしょうなぁ。

 いいですか?くりかえしますよ?

 ヨガのポーズを続けるだけでは、悟ったりなんだりはしません。

 ただ、ヨガの愛好者の中には求道者が多いために、

 伝承の中の聖者が、ヨガのスペシャリストでもあっただけなのです。

 はっはっは。

 ヨガをあまり、神格化しすぎないことですよ。

 ヨガ講師をあまり、神格化しすぎないことですよ。」


「ヨガを習いたいなら、インドまで来たほうが良いってことですね?」

「はっはっは!それも違います。

 現代のインド人に、悟った者などおよそ1人もいませんよ。

 聖者ふぜいな格好をしている者は大勢いますし、世界的に有名な者もいますが、

 彼らは別に、『覚醒者』というわけでは、ありません。

 ただの、『柔軟なヨガ・マニア』です。

 むしろ、覚醒者のフリをして虚勢を張りますから、

 カルト宗教の教祖のような、危うい人間とも言えます。

 インドの聖者には、あまり近づかないほうが良い。」

「ふぅん。」

まぁたしかに、ガンジス川で見かけた聖者たちは、

「マッサージの押し売り」しかしていなかった。



「あれ?呼吸は?

 この人たち、呼吸をしてません!」

「はいはい。腹式呼吸のことですね。

 たしかに、一般的なヨガ講師は、

 ポーズと同時に腹式呼吸をするように、教えていると思います。

 しかしそれは、

 あくまで、腹式呼吸の練習を兼ねているからにすぎないのですよ。

 腹式呼吸もそれはそれで、重要な運動ではありますが、

 かといって、必ずしもヨガ・ポーズと同時進行しなくちゃならんわけでもない。」

「そうなんですか!?

 呼吸が何か、精神を鎮めたり高めたり、するんじゃないの?」

「ははは。だからそれは、先ほどお教えしたでしょう?

 別に腹式呼吸を平行したところで、覚醒したりはしませんよ。

 ヨガ講師は、

 なんにせよとにかく、神秘的な理由付けをしたがる。

 あまりそれらを真に受けすぎないことです。」


『碧い鳥 -最高の医療は何だ?-』

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