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エピローグ 『伝説の教師 -金八さんのその先に-』

  • 執筆者の写真: ・
  • 2023年3月21日
  • 読了時間: 2分

エピローグ

結局僕は、そのまま沖縄に居座り続けました。

アベさんやコメディアンな亮くんと一緒に、このゲストハウスで暮らしたのです。

滞在費は、アルバイトで稼ぎました。

近所のさとうきび畑で、農業を経験させてもらいました。

手持ちが20万近くあったので、

初給料が出るまで、充分にしのげました。

それに、

「もし足りなければ貸してやる」と、アベさんも亮くんも言ってくれました。

2人とも、何気にとても優しいのです。


親には、1ヵ月後に手紙で連絡を入れました。電話で話す勇気は無かったから。

手紙には、こちらの住所は書いていません。

追跡して連れ戻そうとするような親だから。所在地は教えない。

その代わり、

1ヶ月に1度は、「元気です」と手紙を書きました。それで安心してもらえるでしょう。


学校には、休学届けを出しました。とりあえず1年間。

例の学部長が、上手く話をまとめてくれました。

けれども結局、

休学ではなく退学の道を選びました。

大卒の肩書きは、僕にはもう、必要とは感じられませんでした。

大学で学ぶより、沖縄の風に色々学ぶほうが、ずーーっと有意義でした。


バスターミナルのヨッパライのおじさんにも、

時々会いにいきます。すっかりお友達になりました。

彼は、僕のことを「ポカリ」と呼びます。

なんか、殴られてるみたいな…


「最高の教師になる!」という幼い頃からの夢も、

沖縄で暮らしている間に、どうでもよくなってしまいました。

何が最高なのか、その基準がわからなくなってしまったからです。

アベさんの教師像は、僕にとっても理想的に思えました。

かといって、僕にアベさんを真似ることは出来そうもありません。

だから、僕は僕らしい教師になれば良いやと思いました。



あとがき

この物語はフィクションです。

ふうらいぼうというゲストハウスは名護にはありませんし、

ショウエツ先生が暮らしていたりは、しません。

しかし、ショウエツ先生のモデルとなった教師は、実在します。


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 2014/02/14 完筆


『伝説の教師 -金八さんのその先に-』

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