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第29節 『世界のはじまり ~花のワルツ~』

  • 執筆者の写真: ・
  • 8月27日
  • 読了時間: 5分

第29節


昼ご飯と作戦会議を済ませると、2人は思い切って、労働というものに挑んでみることにした。

宿屋に戻り、店主に掛け合ってみる。いつもぷんぷんしているが、何だかんだ言って面倒見はいいらしく、コメ農家に紹介状を書いてくれた。「旅人であるらしいが働かせてやってくれないか?そうでないと宿代を払ってもらえなくなる」と。

ノ「いいえ、ちゃんと払います!」とノアは口を尖らせたが、「いいや、こういうふうに書いておくほうが雇ってもらえるんだよ」と店主は口の端で笑った。

人の機微というものが、コーミズ村よりも少々多様であるようだった。


村を、井戸をさらに越えて奥まで歩く。にぎやかな店の並びが途切れ、民家の並びも越えると、やがて植物ばかり植わった場所に出た。この辺りが農業地帯であるようだ。

紹介状には責任者の名前が書いてあるが、誰がそれであるかもよくわからない。2人は見かけた人にその紙を渡して「働かせてくれ」と請う。

その人は2人を大きな屋敷に連れていき、責任者に掛け合わせてくれた。

責「稲作をしたいと言うのかね?」

ユ「お仕事を貰えないと、宿代が払えないのです」ユキは宿屋の言っているニュアンスを察知してその言葉を真似た。

責「旅人か。1日12ゴールドだぞ」

ユ「えぇ?みんな15ゴールドだと聞いています」

責「それは住民の話だよ。旅人なんて3日しか働かないんだろう。ロクに仕事を覚えもしないんだから、満額は払えんよ」

ノ・ユ「そんな!」

責「別に12ゴールドもあれば宿に泊まれるだろう?

 それに、今日はあともう半日だから給金は6ゴールドだ」

ノ・ユ「えぇ!」

責「そんなに悲しそうな顔をするなよ。

 予想外なのかもしれないが、理屈としては通っているだろ?いつ辞めるかわからん部外者だからお給金は少ない。今日はもう半日だから今日の給金は少ない」

ユ「た、たしかに・・・」

責「わしが意地悪しているんじゃないからな?村長が決めたことだよ。または先代の村長か、それともありさの姫が決めたんだ」

ノ「ありさの姫が?」

責「この村は保守的だからな。そうころころ制度を変えはしない。おそらくありさの姫が決めたことを守り続けているんだよ。ありさの姫は政治の神だからな。敏腕なんだ。だからこの村は平和を保ち続けているんだろう」

ユ「え?ありさの姫が?」

ノ「政治の神様?」

ユ「農業の神ではないのですか?または音楽の神では?」

責「政治の神だよ。人を束ねるのに長けた、知恵と冷静さに長けたお方だ。

 だから私だって冷静だ」

責任者の男は後ろの壁を指さした。そこにはありすの尊とありさの姫の大きな絵が飾られていた。祀っているつもりであるようだ。

ここも、反論して反感を買うべき場面ではない。2人は何も言わなかった。

1日12ゴールドでも問題はないが、生活費を差し引いた余剰金はそう多く生まれないことになる。ナイフやカバンや色々買いたい。2人は、少なくとも半月ほどはここで働いてみることにした。

責「ライアン、あとは君が面倒をみてやってくれ」責任者はその百姓に2人を託した。



ライアンという名の百姓は、2人を率いて田んぼに戻る。

今は2度目の田植えの時期であった。腰を曲げながら、せっせと苗を植えていくのだ。

せっせせっせ せっせせっせ

ライアンは妙な掛け声をつぶやきながら、小気味よいテンポで苗を植えていく。2人は必死にそれを真似る。

ノ「うーん!」腰が痛い。ノアはたまらず顔を上げる。

ノ「わぁ・・・」ノアは改めて気づくのだった。綺麗に並んでいる。

ノ「この村は、苗も向こうのお家も、とても綺麗に並んでいますね」その理路整然を、ノアは美しいと思った。

ラ「なんてったって始祖のありすの尊とありさの姫は、学問の神様だからね。数字が得意なんだよ。するとこんなふうに美しく並ぶのさ」

また出た!今度は学問の神だと?

ユ「あのう」ユキは今度こそ、思い切って長年の疑問をぶつけてみた。

ユ「ありすさんとありささんは、いったい何の神様なのですか?

 農業の神だとか、音楽の神だとか、政治の神だとか、学問の神だとか・・・みんな違うことを言うのですが」

ラ「はっはっは!みんな正解だよ」

ノ・ユ「えぇ!?」

ラ「ありすの尊とありさの姫はね、農業の神でもあるし、学問の神でもあるさ。あと何だったかな?10くらいあったぞ。色んなことが得意なお方だったんだよ」

ユ「そういうことか!そんなすごい人だったんだ」

ノ「神様ということは、不思議な力でえいっと苗を植えたりするのですか?」

ラ「いいや?せっせせっせと言いながら、1日に何時間でも苗を植えたんだ。あっしらと同じようにね。神っていったって魔法使いなわけじゃない。

 『その道の先生』って意味さな」

ユ「僕たちと同じように、腰を曲げて苗を植えていた・・・」

ラ「せっせせっせ せっせせっせ!仕事をしながら歌えと言う。

 神様なんてのは、率先して農業をやるから神様って呼ばれるんだよ。

 天気を読むのが上手かったらしいよ。風の匂いや向きや強さで、『明日雨が降る!』って当てるんだ。不思議な力のようにも見えるよ、たしかにね。

 でも、長年百姓やってりゃね、なんとなく気持ちもわかる。『あぁ、こういう風が吹いた後は芽吹きの季節だ。急がなきゃ!』とかね。美味いコメを作るには、そんなカンも大事だったりするよ。へへへ」

ユ「すごい・・・!」

「余所者は12ゴールドだ」と言われたのは、なんとなく頷けるのだった。

2人は黙々と、田植えをこなしていった。

お日様は2人の勤勉さをずっと眺めて、だんだんと山のほうへと降りていった。



夕刻。仕事は切り上げだ。そしてライアンは言った。

ラ「あんたらよく働くな。若いのにえらいじゃないか!」

まぁ、真面目なほうであることは2人とも自負している。

ラ「旅人ってことは宿に泊まっているのか?毎日の費用もバカになんねぇだろ?」

ユ「メロンより安いですよ」

ラ「そうは言ってもさ。

 うちで下宿してくか?飯代込みで5ゴールドでいい。2人なら10ゴールドだな。宿より少し安いだろ」

下宿とは、民家に泊まらせてもらうことを言う。宿ほど立派ではないが、安く寝泊まりをさせてもらえる仕組みだ。

1日12ゴールドを稼いで、5ゴールドが寝食で消える。貯金をしていきたいとしても、ツヤツヤと光るダンゴを1刺し食べるくらいの余裕は生じた。お金を貯めたい、という目的を携えた2人にとって、下宿にありつけたことは幸いだった。

仕事には休日が設けられており、彼らの稲作においては日曜日と水曜日が定休日だった。休みの日には森に出て魔物を倒して金策したり、海に出て泳ぎの練習をしたりして過ごした。

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