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第38節 『世界のはじまり ~花のワルツ~』

  • 執筆者の写真: ・
  • 8月27日
  • 読了時間: 4分

第38節


ツビットは再び、自分の舟に2人を引き上げた。

ツ「どうなってんだ。これは夢なのか?」

ユ「すみません。あなたに会いたくて、とんでもない無茶を冒しました」

ノ「はぁ、はぁ、はぁ。

 本当に、本当にどうもありがとうございます!」

ツ「ありがとうございますじゃねぇよ。わざと溺れたって?どういうことだ!」


2人はかいつまんでいきさつを話した。

ツ「・・・それで。

 オレが『オレの名を伏せろ』と言ったから、オレのせいで村長に追い出されたって責めるわけか」

ユ「いいえ。

 違います。

 あなたがどうして名前を伏せたがるのか、それが気になるは気になるけれど、ツビットさんのことを責めてはいません。会いに来た理由はただ1つ。どうにかして舟を得て、東のイースター島とやらに行きたいんです」

ツ「それをオレに頼るっていうのか?

 オレはそんな遠くまで航海はしないぞ」

ユ「航海は、しないですか・・・」

ノ「はぁ・・・。

 た、たまには遠くに行くのも楽しいかもしれませんよ?」

ユ「いいんだノア。説得をする筋合いはない。どれほど険しいかわからないのに」

ツ「遠くに行く気もないが・・・」

ノ・ユ「!?」


ツ「舟をやる!」



ノ・ユ「えぇ!?」

ツ「はぁぁ。何言ってんだろうなぁオレは。

 どこの馬の骨かもわからない。面倒しか寄越さない輩に、何で舟をやるんだ?」

ツビットは混乱している!

ユ「あ、はぁ」

ノ「えぇと、えぇと」ノアは未だに、どういう状況なのか理解がしきれていない。

とりあえずツビットは、岩礁へと舟を走らせた。そして会話は続く。

ツ「ろくにカネも持たず、罪もないのに人に嫌われ、壊れた舟を拾って・・・誰かさんに似てんだよ!

 それに、相変わらず情けをかけてやるべき状況なんだろう。悪いこともしてねぇのに迫害されてんだ。可哀そうなこった。誰かが助けてやるべきだ」

ノ「舟を、くれるのですか?」ノアは要点だけを確認する。

ツ「おまえらと似たことをする」

ノ・ユ「えぇ?」

ツ「オレも壊れた舟を拾って棲み処に2、3隠し持っている。

 それを修理して走れるようにしてやろう。村が捨てたものをやるぶんには、誰も文句を言うまい。カネは取らない」

ノ・ユ「ありがとうございます!!」


ユキの予想は当たっていた。

2人がボロ舟を見つけたさらに先の岩場に、ツビットが隠れ住む洞穴があった。

ツビットは村人たちから離れ、ひっそりと生きているのだった。

ツ「ここがオレの家だ。原始人か?って驚くかもしないが」

ユ「あはは。似たようなものを見たことがあります」コーミズの村長の洞穴のことだ。

ノアも大して驚きはしないのだった。


ユ「ツビットさん。

 僕はあなたに助けを請いたかったのですが、それだけでなくお話を聞きたいと思っていました」

ツ「うん?」

ユ「なぜあなたは、村人から姿を隠して暮らしているのですか?」

ツ「オレはな、海の上で漁をしながら暮らしている」

ノ「漁は、この村では禁止になったのではないのですか?」

ツ「あぁ。数年前にそういう決まりになった。

 辺りの海に黒い藻がたくさん浮かび上がるようになったからだ。

 でもな。漁自体がいけないのか?オレはそうは思えなかった。

 漁を『しすぎた』から黒い藻が湧いたのであって、漁を『する』こと自体は、人にとって必要なことに思える。

 そう主張したが、わかってもらえなかった」

ユ「やはり漁が必要なのですか?」

ツ「色々理由はあるんだがな。農業だけをして生きるんじゃ、人は弱体化するだろう。するとこの村の奴らは益々、外に出られなくなっちまう。昔は森の獣を蹴散らしながら、森を越えてどっかに行ったらしい。今はそれが出来なくなった。

 イノシシや大きなねずみが怖いならそれはいい。でも魚くらい戦っておいたほうがいいんじゃないかってな。

 それに、魚からの栄養をとらないと体は小さくなる。力が出なくなる。

 それにだ。この村の村長は持病を抱えていて、それには魚のウロコから採れる漢方薬が必要だ。海から離れていいのか?この村は。村長さん死んじまうぞ?いいや、別に死にはしないんだ。薬は他所の国からも取引できる。しかし、もし他所の国が薬の値段を引き上げたら?

 だからオレは、一人で海に篭もった。漁を続け、魚を食って生きているし、ウロコを採って村の市場に納めている。誰もそれは知らない。

 オレは、村に逆らった人間だ。だからお前たちは、『ツビットに出会った』なんて言うべきじゃねぇんだ」

ノ「ということは・・・」

ツ「そうだよ。舟をやることも村の奴には言うなよ?

 舟の修理に1週間くれ。それまでに旅立ちの用意をしておくんだ。『もう離れる』と周りのやつに言うのは良いだろう。でも『舟に乗る』とは言うなよ?『どの舟だ?』って騒ぎになるからな!」

ユ「はい。気を付けます」

ツ「旅立ちは北の浜じゃないからな?それじゃ人に見つかる。

 そこから東に岩場を歩いてこい。その辺りに舟を置く。

ノ・ユ「わかりました」



2人は村に戻った。

ノ「ユキがどうして、死ぬ覚悟までして溺れる作戦をやったかわかったわ」

ユ「舟が欲しいもんな」

ノ「ツビットさんに、どうしてももう一度会いたかったからよ。

 あなた、そういう目をしてた」

ユ「そう・・・かもしれないな」

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