第4節 『世界のはじまり ~花のワルツ~』
- ・
- 8月27日
- 読了時間: 4分
第4節
とぼとぼと歩いていると、やがて西側の海辺に出た。
ノ「久しぶりだわ、西の浜なんて。いつ以来かしら」
東の浜ではしょっちゅう、女たちの踊りのレッスンが行われている。だから東の浜にはしょっちゅう繰り出すが、西の浜に来ることはほとんどないのだった。
とても美しい海であった。発光しているかのようなターコイズ色がどこまでも広がっている。最も先進的な色は、最も原始的な島の、最も人のいない場所にあるのだ。プライベートビーチに。しかしコーミズの民にとっては特別なものではなかった。いつでも見に来られる。いつでも泳いでかまわない。
西の浜は、傾きかかった西日を浴びてキラキラと銀色に輝いている。
ノ「水色じゃないわ。銀色の海」ノアはつぶやいた。少し新鮮に思える。
ノアはヤシの木陰に座り込み、銀色の海をぼーっと眺めていた。
ザザーン ザザーン
波は単調に、でも小気味よく、寄せては返すのだった。
ノアはやがて、眠くなってきた。うつらうつらと首を揺らしてまどろんでいる。
すると・・・
「回りなさい」
どこからか声がする。
どこから声がするのだ?しかしまどろんでいるノアは、誰もいない浜辺で声がすることに何の疑問も抱かないのだった。
「回りなさい」
素直なノアは、おもむろに立ち上がった。
そして声の言うとおりに、浜辺をくるくると回り始めた。
両手を少し広げて、コマのようにくるくると。
私は何をやっているのだ?いいや、そんなことを考えもしない。ただ言われたとおりに、ぼーっとくるくると回っている。日頃の踊りの中にも「回る」という行程はある。それはなじんだ動きだ。
やがて、目が回ってパタンと倒れてしまった。常人が回転できる回数など、50回かそこらがせいぜいだ。
半分眠い、半分うつろな目は、まぶしい空を見上げている。まぶしい空がくるくると回っている。あぁ、気持ち悪い・・・。
気持ち悪さを整えようと、大きく胸から息をする。だんだんめまいが落ち着いてくる。
「いいえ、もっと回るのです。
もっと速く、くるくると」
声はさらに注文をしてきた。
ノアは言われたとおりに、立ち上がり、もっと速いスピードでくるくると回り始めた。もう視界もよくわからない。
コマのように一点に留まりながら旋回したいが、そう上手くはいかない。ノアはよろよろと八方によろけながら回り、そしてやがて波間に足を踏み入れてしまった。
冷たい!でもそんなことは気にしない。
いいや、暑い日差しの中で旋回運動をして汗をかいた体は、海のしぶきを浴びて気持ちいい。ノアは徐々に波に踏み入っていく。
パシャパシャ! 涼しい音を立てながら回る。
「ん?」
それをたまたま目撃した青年がいた。ユキだ。
彼はその様子を奇妙だと案じ、慌てて波間へ駆け寄ってきた!
ユ「大丈夫か!」
ノアの体は気丈を保っていたが、むしろ駆け寄ってくるユキのその風圧でバランスを崩し、海の上で倒れそうになった!ユキはその体を抱きとめようとするが、ノアの体重と勢いを支えきれず、二人して海に倒れ込んでしまう。
ノ「ケホっ!ケホっ!」ノアはしょっぱい水を飲んでむせ返る。そして我に返ってくる・・・。
ユ「大丈夫か!酒でも飲んだのか!?」
ユキはノアの肩を揺らしながら、気は確かかとその顔を覗き込んだ。
ユ「砂浜へ上がろう」ユキはノアの体を支え、水から上がらせる。
ノ「あぁ・・・ユキさん。
どうして?わたし、踊ってただけなのに」
ノアは自分が救助を要するとは思っていないのだった。
ユ「大丈夫かのか?緊急事態かと思っちゃったよ。
だって君、足をくじいたって聞いたぜ?それなのに海の上でくるくる回ってんだから」
ノ「あぁ、ごめんなさい。
本当はね、足をくじいてなんかいないの。きっと本当のことを言ったほうがいいのよ。神様はそれを怒ってるのかも。わたしとあなたの違いってたぶん・・・」
ユ「何を言っているんだ?足は無事なのか?」
ノ「あぁ、でもね。みんなにはくじいたってことにしておいて。とりあえず今のところは。1週間もすれば『治った』って言えるから」
ユ「何を言ってるのかよくわからないよ。とにかく足は無事だし、酒を飲んでるわけでもないんだな?」
ノ「お酒なんか飲まないわ」
ユ「やけ酒とかそういうわけでもないんだな?
一人でフラフラしてるんだからさ」
ノ「あぁ、『回りなさい』って言われたの。だから回ってたの」
ユ「そうか」ユキは、先生か誰かに踊りのレッスン課題を与えられたのだろう、というように思いこんだ。
ノ「少し・・・眠っていい?」
そう言うとノアは、ユキのひざの上で少しの仮眠に入るのだった。
ユキは海を眺めながら、彼女が意識を取り戻すのを静かに待った。
クシュン!
10分の後、睡眠によって冷えた体に夕方の風は冷たく感じられ、思わずノアは目を覚ました。
ユ「起きたか」
ユキはノアの顔色を確かめる。
ノ「あぁ・・・!
なんだっけ。そうだわ。わたし眠くなって、でもくるくる回ってたら疲れて、それで眠っちゃったのよね」
ユ「意識はあるようだな」
なんだかよくわからないが、細かいことはもういいや、とユキは思った。