52 無数の枝分かれ
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- 2023年3月3日
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52 無数の枝分かれ
やったぁ♪
正解だった!!
西桟橋には、
人っ子一人、居なかった♪
「ビーチ」として、広い場所ではなかったけれど、
桟橋の右側には、
波とたわむれて没頭するのに充分なスペースが、しつらえられていた!
私は、
クツと靴下を脱ぎ捨てて、
波打ち際に、駆け寄っていった。
足元の砂浜は、
足裏の全てのツボと、全ての神経を、
優しく、イタズラっぽく、解きほぐしていた。
気持ちいい。
無数の砂たちは、
何も語らずとも、私を出迎え、私と戯れてくれていた!
私は、
足裏の砂粒全てに、意識を集中させた。
目を閉じて、大きく大きく深呼吸をした。
…!?
私は、その一瞬…わずかに一瞬…
まぶたの裏に、キミョウな映像を垣間見た。
それは、
「生い茂る枝葉」のようなものだった。
…実際は、木ではなく、図形のようなものだけども。
無数の枝が、無数の枝分かれを、
爆発的なスピードで、繰り返していくものだった。
この時も、そして、その後も、
しばらくは、
自分が見たビジョンのイミが、さっぱり、わからなかった。
…いや、「イミ」は未だにわからない…
けれども、
「手掛かりになるもの」を、日常の中で見つけた!
ある時、友人が、
「コレ、今のゆっこが好きそう♪」と言い添えて貸してくれた、
My Little Loverの「PRESENTS」というアルバムに収められている、
「NOW AND THEN ~失われた時を求めて~」
という曲だった。
出だしの歌詞は、こうだ。
空の中で夢見た 無数の枝分かれと
自分の未来を 見たような気がして 目が覚めた
…私は、
自分の未来までは見ていないけれど、
ここに書かれてる「無数の枝分かれ」は、
まさしく、私が垣間見たものと同じではないかと、思った。
この詞を作詞した、小林武史さんという人もまた、
ヒロさんと良く似た感性を持っている。
精神性・道徳性といった概念を超越した、器の大きな歌詞を書くヒトだ!
…話を浜辺に戻そう。
浜辺での私は、
この「無数の枝分かれ」については、
あんまり深くは、考えなかった。
誰も居ない、風と波音だけが優しく響く、映画のような風景の中で、
しばらく一人、砂や波と、たわむれていた。
一体、私は、
3歳の子どものようであった。
まるで3歳の子どもみたいに、
砂や波との単調な戯れを、
30分以上も、飽きもせずに、繰り返していた。
まるでどこかの風景画の少女みたいに、
永遠に、砂や波と戯れていられそうな気がした。
普段はたった3分の空き時間すら耐えられない、この私が…。
…ふと、我に返って、
自分が星砂を求めてココまで来たことを、思い出した(笑)
私は、西桟橋の浜のあちらこちらにしゃがみこんで、
星砂を探した。
しかし、残念ながら、
ただの一粒たりとも、
星のカタチの砂を見つけることは、出来なかった…
けれども、
もはや、私にとって、
「星のカタチの砂」という物質的なサムシングは、
ほとんど、何のイミも価値も、感じられなかった。
私は、確かに、
星砂に誘(いざな)われて、
こんな遠くまで遥々、やってきた。
けれども、私は、
「竹富島の星砂の浜」ではなく、「そこに至る道の途中」で、
数々のタカラモノを、拾い集めてきたのだ!
それらは全て、
未だに、私の財産となっている。
末の代まで、家宝として、引き継がせたい。
けれども、
私が拾い集めたタカラモノは、
どれ一つとして、物的なカタチを、持っていない(笑)
私は、それらのカタチなきタカラモノを、
文章やアートや、「私の生き様」を通して、
末の代まで引き継がせるしか、ナイのだ!
…だから私は、
この物語を紡ぐことに、決めたのだ。
上手く書き上げられるかどうかなど、気にせず、
審査員に気に入られるかどうかなど、気にせず、
この物語を、紡いだのだ。
ヒロさんの言葉を借りるならば、
こうして途方もなく長い文章を綴ることも、
私にとっては、『冒険』だった!
その道すがら…文章を綴るプロセス…の中に、
たくさんのチャレンジがあり、
たくさんの喜びがあり、
たくさんのタカラモノが、在った!!
たとえ、
この文章を読む人が、世界に誰一人も居ないとしても、
私は、
この、「文筆という冒険」に「チャレンジ」した、そのプロセスで、
すでに、充分な満足を、味わっている!!
『星砂の招待状 -True Love-』



