エピソード112 『天空の城』
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- 2024年7月21日
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更新日:2024年7月23日
エピソード112
気球の中のれいは、上空の強い風を浴びながら、眼下に広がる風景を楽しんでいた。
やはり高い標高から望む景色は格別だ。どこまでも景色が広がっている、その途方もない感じが良い。世界の広さに圧倒される感じが良い。
れいの目から、彼方の草原の草の1つ1つなどわかりもしないのだが、しかしれいは、なんとなくそれを「感じる」のである。1つの視界の中に、なんとなく膨大なミクロな現象を収めている感覚がする。それが気持ちいいのだ。
マゴットや兵士たちもまた、子供のように目を輝かせて感動していた。
気球は時々風に煽られたりしながらも、順調に山を越えていった。
山を越えると、マゴットは上空から村や町がないかと探した。
そしてそのほど近くに平地を見定め、着陸していった。
町人の中には、気球の飛行や降下を目撃した者たちもいた。そのほうが話が早い。
マゴットは最寄りの町に赴くと、「これから度々飛んでくるから、協力をお願いしたい」といったことを進言した。
話のわかる町であるようだった。
れいは護衛代わりに彼らの外交を見守ると、そこでお別れをすることにした。互いに深く礼を言う。
さぁ一人でのさすらいが再開だ。この町はラオというらしい。
ラオの町には、あちこちで小さな湯気が上がっている。その周りで町人たちが井戸端会議をしている。
足湯が設けられているのだ。浅い風呂のようなものをベンチが囲んでいて、座りながら足だけの温泉浴を楽しむことが出来る。井戸端会議だけでなく町全体として、老人が多い印象を受けた。
町の入口に、大きな建物があり、「おんせん宿」とのれんが掛かっているが、れいはそこには入らなかった。こうした大きな施設はあまり好きではない。もう少し散策してしてから決めようと考えた。
温泉に興味があってここに来た、と町人に話すと、
「温泉に入りたいなら隣の大きな町のほうがいいぞ」と言われた。「向こうは温泉観光でとてもに賑わっているからな」と。
しかしまた別の町人に話を聞くと、
「温泉に入りたいならこの町のほうがいい」と言う。はて、なぜ食い違うのだろう?
町を歩いてみると、やはり温泉に入れそうな湯気の立った宿が、数軒はあるようだった。
れいは、ハーブの干し草をたくさん提げた道具屋を見つけて、覗いてみた。観光業者とは異なる視点で、冒険者との会話にも慣れているのではなかろうか。
れ「温泉に興味があるんです。隣の町に行ったほうがいいという話と、この町のほうがいいという話と、正反対の意見を耳にして混乱してしまったんですが・・・」
道「まぁオレはこの町の肩を持ちたくもなるがね。
懸命に中立的に話そうと努めるなら・・・
まぁ『何を目的とするか』だな」
れ「目的によって、適した温泉宿が違うということですか?」
道「そうさね。まぁなんでもそうだけどさ。目的によって違うよ。
隣の町は温泉で観光業がとても栄えていてね。人で賑わってるし、立派な宿も多いよ。その分高額だけど、まぁご馳走が食えたりするしな。
でも高いカネ払ってご馳走食って、1回か2回温泉に浸かっても、健康になんかなりゃしないさ」
れ「そうなのですか?」
道「温泉ってのは健康に良いんだがさ、それはハーブとおんなじで、継続が必要なもんさ。
温泉のミネラル成分は緩やかに効いていくんだ。まぁリウマチとか治したいなら1か月は泊まらないとな。
でも商売上手な宿は、豪華な食事が付く代わりに、まぁ1泊100ゴールド(約1万円)もするよ。1か月も泊まれやしないさ。むしろ豪華すぎて太っちまうよ!
1泊や2泊じゃ健康にあまり効果がないんだが、『健康にいい!』なんてのぼりを立てるのは、サギみたいな気もするけどな。まぁだから俺は隣町のやり方を好みやしないよ。
肌は1泊でも多少すべすべになるがね。だから女なんか特に、ああいう高級宿にだまされちまう」
れ「この町は、違うのですか?」
道「ラオの温泉宿も、まぁ色々あるっちゃあるがね。
この町の場合、『長期療養が大事』ってわかってる店主が多い。客が無理なく長期療養するには、値段が高くちゃ無理があるだろ?だから1泊10ゴールド(約1,000円)で泊まらせる、安い宿が多いよ。まぁその代わりごちそうは出ないぜ。
ごちそう目当てではなく、温泉に毎日浸かるために温泉宿に泊まることを、『湯治』って言うんだ」
れ「つまり、ごちそうを食べたいなら向こうの町が向くし、湯治をしたいならこの町が向く、ということでしょうか」
道「そういうこった」
れいはごちそうに興味がないわけではないが、ごちそうが食べたいならその時だけ豪華な料亭に入ればいいと思った。温泉自体は、素朴な湯治向けの宿がいい。ついでに景色が良いといいな、と思った。