エピソード154 『天空の城』
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- 2024年7月22日
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エピソード154
出発の日の夜。早めに夕食を済ませると、借りた作業着に着替えて、帽子を深くかぶって港へ行く。
貨物船の港は、豪華客船の港よりもずいぶん質素だった。人は大勢いるが豪華さのかけらもない。港の向かいにも大きな建物などなく、出ている露店は庶民の乗組員たちが気軽に食べられる麺やバインミーのようなものばかりだった。大きな建物はあるが、倉庫にすぎない。
れいはしれっと目当ての船に乗り込む。港の貨物のどれを船に運び込んでよいのかはわからないから、手伝いたくても手を付けるわけにはいかない。船にすでに積み込まれた荷物を、それとなく抱えてどこかに運ぶふりをした。
大きな大きな船の中に自分が立っている、その事実だけでも結構面白い。珍しいことは何だって楽しいのだ。珍しいことは何だって、楽しいのだ。
やがて船は、静かに動き出した。ゆらりゆらりと岸から離れていく。ついに旅立ってしまった!
動き出してからもしばらくは、乗組員たちはバタバタと積み荷を運んで働いていた。
夜半になると、乗組員たちは「さぁ寝るぞ」と言い始める。ついて行けば寝室に辿り着けるだろう、と踏んで黙って後を追った。
しかし・・・!
なんと、男たちが入って行ったのは、大量に二段ベッドが並んだ相部屋であった!もちろん男しかいない。むさくるしい男たちが適当にベッドに入り込み、そして裸になって着替え始める。
れ「ひぃぃぃぃ!」れいにとっては恐ろしい光景である。さすがにこの中に混じって眠るのは抵抗がある・・・。
れ「ど、どうしよう・・・」れいは寝室の外で、小さく座って戸惑っていた。
やがて、戸締りを終えた中堅どころの男性が、皆に遅れて寝室にやってきた。
戸の横に座り込むれいを見つける。
男「何をやっているのだ?」男は静かな声で言った。
れ「え!あの、その・・・」
れいの顔を覗きこむ。目を丸くして驚いている。
男「君は、女か?」
れ「すみません!ちょっと船をお手伝いすることになったんですが・・・」
男「相部屋に入れないのだな。
わかった。ちょっと来なさい」
男の人に着いていって大丈夫なのか?それはそれで危険だが、この男を信じるしかない、とれいは考えた。毎晩、夜中が来るたびに戸の前で座っているわけにはいかない。
震えながらも男に着いていくと、彼は船の後方の室内へと入っていった。戸を一つ開け、もう1つ開ける。
男「医務長。船長のご親戚が迷子になっていましたよ。来賓室はこの辺りでしたね?連れていってやってください。廊下の灯りも点けておいてやってくださいよ」しれっと、さばさばと言い放った。
医「おぉ、そうか。わかった」
男が連れていったのは医務室だった。そして近くに来賓用の特別な部屋があるようだ。
男はそれだけやると静かに去っていった。
今度は医務長がれいを構った。
うん?船長の親戚が乗るだなんて言ってたかな。しかも作業着を着ている?医務長は首をかしげた。
そしてやはり、れいの顔をまじまじと覗きこんだ。
医「君は女じゃないのか?来賓って・・・親御さんは?」
れ「いえ、私一人なんです。えっと、その・・・」
これ以上乗組員のフリをし続けるのは無理だと悟った。食堂の息子が「船が出てしまえば追い返すことは出来ないだろう」と言っていた。それを信じるしかない。
れ「実は・・・」れいは医務長にいきさつを話した。
医「はっはっは。そうか。よくわからんがまぁいいよ。
とにかく女の子を男部屋に寝かすわけにはいかんもんな。来賓室を使いなさい。船長には適当に言っておくよ。私の親戚ということにすればいいだろう。名前はなんというんだね?」
れ「れいです。
あの、私、働きます!」
医「はっはっは。良い心がけだがね。だが働かないほうがいい。
君が女だとわかった上で、男ばかりの職場に混じっていると、みんなためらうからな。ためらうというか・・・とにかく困るんだよ。来賓室でそっとしていなさい。それはそれでしんどいかもしれんがね」
れ「わ、わかりました」
医「その代わり・・・。
船が向こうについたら、ベッドのシーツは自分で変えるんだ。シーツは医務室の、ほらあそこの棚にある。あと、軽く部屋を掃除をして出てくれな」
れ「わかりました!」れいは益々大きな声で同意した。
なんと、3万ゴールド掛かるはずの船旅が、タダになってしまった!
しかしそれは、「ボロい船で、労働を手伝うつもりで乗り込んだ」がゆえに得た機会にすぎない。最初から「タダで来賓室に乗せてくれ」と交渉していたら、こういう結果にはなっていないのだ。