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エピソード160 『天空の城』

  • 執筆者の写真: ・
  • 2024年7月22日
  • 読了時間: 3分

エピソード160


二人は海を眺めながら腰を下ろした。

マ「西の大陸の、ガーデンブルグという国から来たの。あぁこの国の名前は・・・」

れ「ガーデンブルグ!私、そこに行きました!」

マ「えぇ、本当!?」

れ「はい。つい数か月前です。とても美しい国でした」

マ「私のふるさとを知っているのね。

 そのガーデンブルグという国で番兵をやっていたの。だから一人旅に出るたくましさはあったわ」

れ「なるほど。

 あの国の女性たちは、皆国での暮らしに満足そうでしたが・・・」

マ「そうね。私もあの国が嫌で出てきたってわけではないわ」


マローニは潮風を大きく吸い込む。そして遠くを見た。

マ「昔から、絵を描くのが好きだった。

 あるとき、絵本を書きたいって思ったの。頭の中に物語はたくさんあるし、絵を描く腕前もあるから、絵本なんて簡単に書けるだろうって思った。でも、自分の紙に向かってみると、なぜか書けないの。お話が、浮かんでこないの。

 浮かんでこないわけじゃないのよ?でも、どこかで見たお話を真似ても、そんなの空虚でつまらなくって。そうして生み出すことに苦悩してたら、私、『旅の体験が足りないのだわ』って気づいたの。

 すばらしい絵本を描くには、自分の旅の体験が必要なのよ。または人生体験が。自分の体験からにじみ出るものを書かないと。そうでないと、私自身が納得できないみたいなの。

 それで、国を出てきたの」


れ「じゃぁ、絵が上手いだけじゃなく、戦闘や他のことも出来るっていうことですね?」

マ「そうね。まぁそんなのガーデンブルグでは当たり前のことよ」

れ「それから、あちこち旅しながら絵を描いているのですか?」

マ「そういうこと。・・・だったはずなんだけど、この海を見たら足が止まってしまったの。

 2日や3日では足りなくて、宿じゃなくて部屋を借りてしまったわ。そのほうが安くつくから」

れ「気持ちがわかります!

 もうここに住むのですか?」

マ「そのつもりはないのだけどね。さすらうことを辞めるつもりはないんだけど、1か月くらいはここに留まるんじゃないかと思う。

 それでゆっくり絵を描くの。ゆっくり寝て、ゆっくり起きて、ゆっくり食べて、ゆっくり描くの。

 物語は相変わらず浮かばないかもしれないけど、それでもいいの。

 この海の色が目に焼き付いてしまうくらい、海の絵を描いていればいいと思っているわ」

れ「そんな人、初めて見ました!」

マ「うふふ。ありがとう。

 まぁ褒めてくれてるのかどうかはわからないけど。

 でも芸術家って、誰しも同じような考えや欲求に至るんじゃないかしら。そんなことないのかな。

 ずっと家で絵を描いているだけでは物足りなくなる気がするわ。

 吟遊詩人なんかはそうじゃない?」


しばらくの沈黙を挟んで、れいは尋ねた。

れ「また会えますか?」

マ「しょっちゅう海に出ていると思うわ。

 それに、『絵描きはどこの家に住んでる?』と村の人に尋ねれば、知ってる人が多いと思うわ。小さな村だものね」

れ「また会いに来ます」

いいなぁ、芸術家って。れいは思った。絵を描けることもすごいが、彼らの苦悩や思慮、そのようなものの味わい深さに敬意を感じるのだった。

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