エピソード168 『天空の城』
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- 2024年7月22日
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更新日:7月5日
エピソード168
アドルはれいを、街の教会へと連れていった。
ここの神父とアドルは、親しい仲であるらしい。
アドルはいきさつを神父に話す。相変わらず少々怒りながら。
神「なるほど!すばらしいお方です!それは報いが必要ですな」
ア「だから神父さんよ。魔導書の解読を手伝ってやってはくれぬか?」
神「解読ではなく、魔法そのものの伝授をして差し上げればよいと思います。
この本が解説しているのは《ベホマ》。回復魔法の最上位です」
れ「《ベホマ》!」マローニが使っていたやつだ。
ア「君、その魔法すら持っているのかね?」
れ「いいえ、使えません!」
神「それなら良かった。とても良い報酬だと思いますよ。喜んでお手伝いさせていただきます」
ア「良かった!良かった!」
神父はれいに、《ベホマ》の魔法のイニシエーションを施した。
れいは《ベホマ》を覚えた!
ア「れいと言ったかね。
もしいつかカネに困ったら私のところに来なさい。いいかい!忘れるんじゃないぞ!」
いつまでも怒り口調なのだった。カリカリした、正義感に満ちた人なのだ。
アドルは忙しそうに帰っていった。れいはこの教会でも神父に何か話してみようと思った。
れ「あのう、神父さん。人は、生まれ変わったりするのでしょうか?」
神「ほほう。輪廻転生のことですか?」
れ「そうです。私、プカシェルの海を見たときに、昔そこで生きていたような気がしたんです」
神「なるほどなるほど。
輪廻転生が実際に存在するか、科学者は解明できません。それを証明する装置がないですなぁ。
しかしあなたと同じように、『昔ここで生きていたような気がする』などと訴える人は数多くいます。または夢の中で、今とは違う文化の暮らしを見る人がいます。
そのうえで聖書が『人の御霊は生まれ変わりを続ける』と説くのですから、神父としては輪廻転生を信じないわけにはいきません」
れ「あるのではないか、ですか?」
神「実は私自身もね、『亡くなった祖父によく似ている』と、町の人に言われて育ちました。祖父も神父だったんですよ。
そんなふうに言われてなかったら、私は神父をやっていなかったかもしれませんなぁ」
れ「お祖父さんの生まれ変わり!?」
神「メシアを信仰する民は、生まれ変わりを信じていますよ。あなたの話を馬鹿にしないで聞いてくれるはずです」
れ「そうなのですか?」
神「なにしろそのメシアが、『やがて生まれ変わって再降臨する』と書き置きを残していますからね。手紙かは知りませんが」
れ「メシアがまた生まれるのですか?」
神「終末と混沌の時代に、メシアは再降臨すると言われています。みずがめ座の世紀の頭に。
そろそろのはずですよ。みんな待ち焦がれています。メシアがきっと、新しい光の世界を創ってくださる!」
れ「・・・!
そのメシアは、本当は竜王を倒してくださる予定だったのではありませんか!?」
神「竜王・・・西の大陸の話でしょうなぁ。私はよく知りませんが、ラダトームの軍国主義の王がメシア様の生まれ変わりとは、思えませんなぁ」
れ「そ、そうですね」あの王がメシアなら興ざめだ。
神「メシアが何を為されたか、ご存じですか?」
れ「い、いえ、すみません。昔の勇者様の一人でしょうか」
神「いいえ?メシアは勇者とは違います。魔王を倒して崇拝されたわけではありません。
メシアは戦いましたが、魔物と戦ったわけではないのですぞ。戦争なんて野蛮だ、とそう考えたお人です。
彼の人は、世界を旅して見聞を広めた後、世界を平和にするにはどうすればいいか思案しました。
そして、高利貸しのちゃぶ台を蹴り散らかした、という説話が残っています」
れ「こうりがし?」
神「えぇ。金融業のことです。
民にカネを貸しますが、多くの利子をとって大儲けしようとします。貧しい人の足元に付けこむ商売です。
メシアはそれが貧富や不和の元凶だと訴えました。高利貸しなんてやめたまえ、商売なんてやめたまえと訴えました」
れ「私の村には商売もお金もほとんどありませんでした」
神「そう。そういう暮らしに戻るべきだと、メシアは訴えたのです」
れ「ラダトームの王とは正反対です。それがメシア様なのですね」
神「しかし・・・メシア様は、高利貸しや商売人たちに疎まれ、磔(はりつけ)にされて死んでしまったのです・・・。おぉ悲しや悲しや!」
れ「そんなことが!!
つまり、もしメシア様が生まれ変わったとしたら、ラダトームの王様のような政治も商売もしない・・・」
神「そういうことです。
きっと豪華な赤いマントなど羽織ってはいないのです」
私はこの旅のどこかで、メシアの生まれ変わりに会えるのだろうか?少し楽しみだ。
れいはあちこちで話を聞く中で、精霊ルビルが善でメシアは悪い教祖なのかと感じていた。しかしそういうわけではないのだろう。メシアを崇拝する民には「メシア任せ」な人が多いようであるが、メシアが悪いことをしたわけではない。
神や宗教という問題もとても難しいと感じていたが、なんとなくその謎も解けてきたように感じた。これは、色々な立場の人から話を聞かなければ全容が見えてこない。
れいはいたく満足顔で、プカシェルの村へと戻った。
そして今度はれいが、マローニの居所を聞き込みして探した。れいはマローニに頼み事があったのだ。
れ「ねぇマローニ。私に絵を教えてください!」
れいはこの美しい海に面した村に、無駄に長く滞在しようと思った。マローニの真似をして。ただ海を眺めるだけではなく、どうせならたしなみたいと思っていた芸術の時間を兼ねよう。マローニはそれを、嬉しそうに快諾するのだった。絵画を教えてもらえるだけでなく、このマローニの部屋で一緒に住まわせてもらえることにもなった。宿代が浮く。
マ「絵が上手くなる方法、知ってる?」
れ「ううん。教えて?」
マ「教えられることなんて、何もないの。
近道しようとしないことよ。
上手な絵描きに聞いてみたらいいわ。何時間絵を描きましたか?って。『1,000時間かそれ以上だ』って言うでしょう。
たまに幼いうちからとても上手い子もいるわ。でも彼女にしたって、過去世で1万時間描いたからって理由にすぎないの。
強くなる方法と絵が上手くなる方法は、似ているわ」
れいは2週間ほど、この海の美しい村に滞在した。絵を描いたり、戦闘訓練を重ねたりしてのんびり過ごした。
ある夜。明日はプカシェルを旅立つと決めていた。
マローニがれいに話しかける。
マ「明日は私、村の人に頼まれて早朝から護衛の外出をするの。
だから、あなたが起きたら適当に出かけてくれていいからね。カギも掛けなくていいから」
れ「あ、はい」
じゃぁマローニの顔を見るのは今夜が最後か。少し感傷的になる。
れ「ねぇマローニ?
強い人たちってどうしてみんな、あっさりと別れられるのかしら?
私最初、感情の少し乏しい人なのかなと思ったけど、そうじゃない気がしてきた」
マ「そうね。感情が乏しいわけじゃないと思うわ。
人は・・・、女にしたって・・・、
ちょっとは魔物に強くならなきゃいけない。それに、
別れに強くならきゃいけないのよ」
下手くそなマローニの似顔絵を描き、「ありがとう」と短い文を添えて、書置きをテーブルに遺して出た。
次の町へ出発だ。町か村かはわからないが。
プカシェルから内陸へと入っていく。ずっと東に町があるという噂を聞いたのだが、しかし「もうない」とか「内戦しているから危ない」とか、どうも情報が交錯している。まぁ何かあるだろう。今さら危ない町が怖くもない。