エピソード169
やがてれいは、湖の手前の小さな丘に、荒廃した城跡を見つける。もう城壁の石積みがところどころ残っているだけの、完全な遺跡である。
普通はそんなものは素通りしていくのだろうが、れいはこうした遺跡めいたものが好きだ。敢えて丘の中の城跡を、ゆっくりと突っ切って歩いた。向こうに小さな塔が見える。塔と呼ぶには小さい。見晴らし小屋のようなものだったのだろうか。
遺跡を無意味にうろうろしていると、どうも人の気配を感じる。食べ物の匂いや、それを捨てた形跡・・・。少々の警戒心を持ちながら徘徊していると、城跡の中ほどに小さな横穴を見つけた。そしてそこに、人がいたのだ。
れ「あ!」とれいは驚きの声を上げる。
女「誰だお前は!」ボロ布をまとった住民とおぼしき女は、急な来客に荒い言葉で返す。
れ「すみません。旅人なのです。
東に行くと町があると聞いて、歩いていました。でもその町はもう滅びたかもという話も聞いていました。この城跡が、そうなのでしょうか?」
仲良くしてくれなくてもいい。情報だけでも貰えれば御の字だ。
女「あたいたちに敵意はないってことだな?」子供たちが、彼女の後ろに身を隠す。
れ「はい。敵意はまったくありません」
女「ふうん。おまえが言っている町はここじゃない。もっと東に町がある。それも滅びているけどな。
ここはもっと昔に滅びた城跡だ。城かどうかも知らん。要塞だろうな」
れ「ようさい?」
女「戦うための砦だよ。戦争を繰り返した土地なんだろう」
れ「えっと、東に行けば町があるのですか?」
女「いいやそれも滅びた。
10年も前のことだ。今は町の残骸が広がっているだけだ」
れ「そうですか・・・」
女は少し、れいに気を許した。
女「この辺りはメボンという国だ。
メボンは西と東で政治的な対立があった。そして国の中でケンカしたんだ。
そこにあるのは西メボン」
れ「東メボンが西メボンを滅ぼしたのですね?」
女「いいや違う。東メボンは平和な民だった。
西メボンは、戦争によって領土拡大を企てた。東の民はそれを嫌がって対立した。
西メボンは、北の国にケンカを吹っ掛けて返り討ちに遭った。馬鹿な奴らだよ。山賊を撃退したくらいで国に勝てると思ったんだ。
あたいは戦争を好まないが、西側に住む人間だった。だから勝手にこうして、穴ぐらに生きる場所を見つけた」
れ「じゃぁ、さらに東に進めば、東メボンの町があるということですね?」
女「そのはずなんだが、ない」
れ「え!」
女「東メボンの民がどこに消えちまったのか、よくわからない。
東メボンの果てに石造りの遺跡が残っているだけなんだ。もっと遠くまで行っちまったんだろう。
なぜ遺跡なんか残したか・・・不可解だがな。内戦の愚かさを歴史に刻みたかったのか」
遺跡を残して消えた、奇妙な人々・・・。
れいはふと思いついた。
れ「メボンの人は何か、特殊な宗教を信仰していたりしませんか?
それか、空の国を信じていたりしませんでしたか?」
女「西メボンは普通にメシア信仰だが、東の民はたしかに変な宗教を持っていた。
ルビスとか言ったか。赤い髪の女神を信仰していた」
東メボンの雲隠れに、ルビスが関連している可能性があるな、とれいは思った。
穴ぐらで暮らす家族に別れを告げて、れいはさらに東へ歩いた。
小さな塔に登ってみる。東に大きな湖が見えた。
行く手は湖に遮られているが・・・しかしあの女性は、メボンの町は東にあると言っていた。
れいは湖を大きく迂回しながら、さらに東を目指した。