エピソード176 『天空の城』
- ・
- 2024年7月22日
- 読了時間: 5分
更新日:7月30日
エピソード176
翌日は街をぶらぶらと歩く。虹色の鳥を見るという目的は宿の中で達成できてしまったので、あてもなくぶらぶらと歩く。
中央広場からは大きな教会が見え、その反対側の空には大きな山がそびえる。あれが霊山か。ピサック山というらしい。空を見上げると、雲が近く見える。なぜだろうと思っていると、山の麓のこの街も、すでに標高が高いとのことだった。いつの間にか緩やかに高度を上げてきたのだ。
石畳の地面にもだんだん躓かなくなってきた。
街を歩き、あちこちの店を覗くと、ロイド・・・例の極彩色の鳥を飼っている店が方々にあった。とはいえもっぱら鳥かごの中に閉じ込めているだけだ。大きな温室をしつらえて、熱帯雨林のような環境を再現しているのは、マヤの宿屋が珍しい事例だった。
久しぶりに教会に赴いてみる。
教会の中はやはり芸術に満ちて美しいが、その芸術品もやや古めかしく思える。芸術にも時代における流行があるのだろうか。
神父に冒険の過程を報告してみると・・・
神「ほほう。珍しいですね。
鳥を目当てにこの街に来る、という人は少ないです。
この街は昔から、聖母信仰の巡礼者が次々と寄っていくところでした。しかし近年は別の種類の訪問者が増えています。それが霊山です。教会の正面にそびえる大きな山はピサック山ですが、これを霊山だと崇める人々が増えました。
山や自然を敬うのは良いことだと思いますがね。ピサック山が特別な山とか、霊的な山とか、そういう考えは危ういと思います。それぞれ、自分の地元の山を愛したほうが良いのではないでしょうか・・・。
ましてやこの山は火山。火山に観光地として人が集まるのは、よろしくない。人を集めるのも、よろしくない。誰か観光業者が、儲けるために『霊山』だのと言い始めたのでしょうが・・・」
「霊」という言葉は危ういものだな。
れいは神父に質問を重ねた。
れ「火山って命の危険と隣り合わせだと思うのですが・・・。神父さんは他の町に逃げないのですか?」
神「民は、逃げたほうがよいのではと思っています。しかし私は、逃げません」
れ「どうして!?」
神「私はこの町の神父になるときに、そう覚悟を決めました。
神父とは、民の心のより所。噴火がこの町を襲う日が来たとき、民の悲しみや動揺を抱きしめるのが、私の最後の役目です」
れ「すごい・・・!
死が怖くはないのですか?」
神「ははは。死が怖かったら説法など出来ませんよ。
『死んでも神の御元に戻るだけですよ』と理解したから神父をやっているのです」
れ「死んでしまったら、つまらなくありませんか?」
神「えぇえぇ、あなたのおっしゃることはよくわかります!ですから私も、あなたのようにあちこちを旅したものでした。珍しい食べ物もキラキラの服も、私はもう満足したのですよ。そんなに勇敢な人間でもありませんから、魔物を倒すよりは説法をする余生に満足しています」
石畳の町は歩きにくい。石畳の地面が歩きにくいだけでなく、あちこちで住民が御座を広げて、野菜や果物や洋服やらを売っている。その多くは女性であった。他の町では、商売とはもっぱら男性が行うもので、女性は家庭に入っている印象があったが。
れいは果物を売る御座の前でしゃがみこんで、「1つください」とリンゴを指さした。
れ「女性ばかりですね」抱いた疑問をぶつける。
女「はっはっは!そうさね。そうか、お郷(くに)によっては珍しいんだろうね。
クスコは聖母信仰の町なんだからさ。まぁ母親が働かないと肩身が狭いってもんさ。好きで働いてるとも言えないよ。はっはっは!」
れ「聖母信仰?」そういえば神父もそんなことを言っていた。「聖母って誰のことなのですか?」
女「おやまぁ!世間知らずなお嬢ちゃんだこと!
『聖なる母』って書いて聖母だよ。メシア様を生んで育てたお母ちゃんのことさ」
れ「メシア様の!?」
女「そうだよ。メシア様だって偉いんだけどさ。メシア様を育てたお母ちゃんはもっと偉いだろってハナシさ」
れ「お母さんが?」
女「メシア様のような立派なお坊ちゃんを育てた母親が、偉いんだよ。みんな立派な母親になろうじゃないかって教えさ」
れ「それで商売をするのですか?」商売はあまり良いものではないはずだったが?
女「商売だけじゃないよ。なーんでもするのさ。料理もするし、裁縫もお守りもする。おまんま食べるためにはちっとは稼ぐ必要もあるだろ?」
「商売をしている」のではなく「生活費を稼いでいる」と言っているのだろう。
女「母親が男に甘ったれてたら、子供も甘ったれるんだよ。母親が働き者なら、子も立派に育つのさ」
夕飯を食べれば宿に戻る。宿のリビングに虹色の鳥がいる風景は面白いが、ちょっと心配の種もある。
この宿は、コロニアル調というのか、リビングを囲むように寝室が配置されているのだ。すると、リビングの温室で鳥がケーと鳴いていると、夜眠れないのではないか?
しかし、そんな心配を察するかのように、ロイドは黙って夜を過ごすのだった。時々バサバサと羽音は聞こえるが。
翌朝目を覚ます。
リビングのテーブルに朝食が用意され、れいはそれを食べる。
じきにマヤが起きてきて、まだれいが居ることを喜んでいた。そしてまた歌い始めるのだった。

するとチルは、待ってましたとばかりにまたケーと鳴きはじめるのである。子供のはしゃぎ声で、朝が来たと感知するのか?いいやリビングの天井は日が差しこむ造りで、すでに朝であることは鳥もわかっているはずだ。面白いなぁ、とれいは思っていた。
れいはこの日、周辺で戦闘訓練を重ねることにした。また魔物は一段と強いのだ。それらを苦なく倒せるようになっておかなければならない。
そしてれいが遠出をすると、クスコの街に事件は起きた!
なんと、街のあちこちで飼われているロイドたちが、居なくなっているのだ!盗難に遭ったと思われる!
巡礼客、観光客を見越した食堂や土産屋などがあちこちにあり、その多くが軒先に鳥かごを吊るしてこの鳥を飼っていた。店としては看板ペットにもなるし、この街独自の景観を作っているのだが・・・山賊からしてみればとても窃盗しやすい状況にあるのだ!
極彩色の鳥は、世界的に見れば珍しいものである。熱帯雨林にまで赴けばたくさん捕獲できはするが、そんなのは誰にとっても面倒だ。するとこの街のペットが、卑しい者たちに狙われたのだった。