エピソード33
面白い情報が手に入った。色々と。
魔法学校に興奮したそばから、でも「学校という組織では一流は育たない」という見解を聞いてまた興奮する。興奮ではないか。感慨深い。よく考えてみればれいも、学校に通うよりも誰か尊敬できる師にマンツーマンで師事したい。
そして力試しのためのダンジョンというのもとても面白そうだ。いいやドキドキする。そんなのれい一人で踏破できるのだろうか?自信がない、が挑みたい。れいは自分が同年代に比べて頭が良いことを自覚しているが、「迷宮ダンジョン」のようなすこぶる実地的な課題において、自分が得意だとは思っていない。それは歴史の年表を暗記することとは別の頭を使うものだと感じるし、体力や根性が要りそうだ。
しかし塔を目指すのは明日にしよう。
空腹を感じたれいは、食堂に入って食事を摂ることにした。
地元の人たちでにぎわう食堂だった。
れいは端っこの席に申し訳なさそうに座る。常連たちには常連たちのお気に入りの席がありそうだ。
注文を終えて、ぼーっと店内を眺めている。イムルの人たちの様子を眺めている。
どうやらこの店の店主には小さな子供がいる。テーブルに頭が出ないくらいの、まだ5~6歳と思える少女がぬいぐるみを抱いてよちよちと歩いている。彼女はお母さんの足にしがみついて必死に何かを訴えているが、お母さんは調理に配膳に忙しいので、娘を邪険に扱う。客たちもそれぞれに、自分の食事に忙しい。
娘は店の入口の辺りに出て、太陽に向かってキー!と叫んで憂さ晴らしをした。
れいは、入口付近のテーブルに移動し、この子にかまってやる。
れ「どうしたの?何かあったの?」
娘「小人さんが、お腹すいたって」
れ「え?」
娘「小人さんのお客さんが、お腹すいたからバナナをくださいって」
彼女はそう言うと、店の隅の、自分のおままごとの散らかりを指さした。
あぁ、子供のおままごとの空想なのか、とれいは察した。
れ「そう。あなたのおもちゃのご飯をあげたらいいんじゃない?」れいは少女に精一杯寄り添って答えた。
娘「それじゃだめなの。
お水もおもちゃもせいすいもご機嫌ななめなの」
「え!?」れいは娘のふとした発言を聞き逃さなかった。「聖水!?」魔法の盛んな町だとはいえ、5歳の子が聖水という言葉を口にするものか?
れいはもう一度、彼女のおままごとセットを見た。見るだけでなく近寄ってみた。
なんとそこには、道具屋で売られているあの《聖水》が、おもちゃに混じって佇んでいる。
娘は《聖水》の瓶の口を開けて小さなコップに注いで、遊んでいたらしかった。
れいはその《聖水》の瓶を持ち上げ、入口から差し込む陽光に透かした。そうして向きを変えた瞬間・・・
すっと小さな何かが、店の外に走り出ていくのを見た気がした!
れ「うん?」目をこすってみたが、もう何もいない・・・
まさか・・・本当に小人がいたのか?
《聖水》は魔物を避けたり倒したりする不思議なチカラが込められているらしいが、この液体に触れた少女は、霊感が増して小人の姿など見たのかもしれない。
れいは店主に、バナナを追加で注文した。そしてそのバナナを少女にあげた。
れ「はい。これを小人さんに運んであげてね」
わーい!と娘は喜んだ。
翌朝、れいは塔に向けて出発した。
歩き始めるとやがて、そびえ立つ塔が見えてくる。腕試しの塔はイムルからほど近いところにあった。
塔は随分古びている。誰がいつ、何のために建てたのだろう。
入口には立札が立てられていた。こちらは塔に比べれば年代が新しく思える。それでも古いが。
『月までも跳ぶことが出来るのはウサギのみなり』
奇妙な文言が書かれている。
ふうん。とれいは半ば素通りして内部へと進んだ。
塔の中は入り組んでいた。ただフロアと階段が連続するだけでなく、軽く迷路のようになっている。次のフロアへ続く階段を見つけるだけでも手間を要する。そして魔物が巣食っているのだった。
見たこともない魔物が出現する。しかも4匹もまとめて襲い掛かってきたことにれいは面食らった!
少女1人に4匹は多勢に無勢だ!
魔法の修行の半ばにある子供への腕試しとして、これは容赦がなさすぎるのではないか!?れいはここまでの旅路でそれなりに苦労して力量を上げてきたつもりだ。学校の庭で学んだだけの10歳の子より、自分は強いはずでは!?
しかし、れいにとってこの魔物は、不幸中の幸いだった。
ホイミスライムという種である。くらげのような姿をしたスライムだ。名前のとおり、ホイミを唱える。
傷を与えてもホイミで回復してしまうので厄介だが、逆を言えば行動手段の多くが回復であり、あまり強烈な攻撃を仕掛けてはこない。すると、魔法がメラやヒャドしか使えないれいでも、《青銅の剣》を懸命に振り回すことで魔力を浪費せずに倒しきることが出来た。それにしても苦労したが・・・。
1階はホイミスライムの群れが何度も出現した。一体、魔物はれいの足止めでもしたいのだろうか・・・