エピソード3 『天空の城』
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- 2024年7月21日
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更新日:1 日前
エピソード3
れいの住むサラン村は、山奥にあるし小さい。が、国ではそれなりに有名であった。
なぜなら、60年前に魔王を討伐した勇者は、この村の出身だったからだ。そしてどうやら、その連れの魔法使いまでもが。
勇者がサラン村の出身だったことは有名だ。
だから村では、主に男の子たちの教育の際に「おまえも勇者様のように勇敢に」とか「あなたも勇者様のようになれるよ」とかたしなめるのが、常套句になっているのだった。
一体なぜ大きな王都ではなく、こんな辺鄙な村から勇者が誕生したのか、れいはずっとよくわからなかった。
兵士としての教育が盛んなわけでもない。この村には教会すらなく、倫理観や正義感の教育も盛んではない。ただただ素朴でのどかな村である。
ローズはれいを、冒険の旅に出させたいと、願っているような口ぶりだった。少なくとも晩年は。
それなら「あなたは魔王を倒した魔法使いの孫なのよ!」と言えばよかったのに。そしたら「私は冒険や魔法の才能に長けるのだわ!」と勝手に思い込んで、児童文学を読んでいる最中から本の中に飛び込んでしまっただろうに。
なぜお婆ちゃんは、揺り椅子で編み物に耽る内向きな老婆を演じ続けたのだろうか?
ローズの遺品整理が行われると、その謎が少し明かされるのだった。
母「れい。あなた宛てにお婆ちゃんからお手紙よ。
生前に書き遺しておいたらしいわ」
れ「お婆ちゃんから、遺言・・・?」
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愛しいれいへ
あなたがこの手紙を読んでいるということは、私はもうこの世にいないのでしょう。
そして、私が実はちょっと有名な人だったことを、あなたは知ったでしょう。
なぜ勇者の仲間であったことを話してくれなかったのか?
なぜ世界のあれやこれを話してくれなかったのか?
冒険話の大好きなあなたは、私を恨むのでしょうか。
理由はいくつかあるのです。
1つには、有名になりたくなかったから。
毎日毎日人が押し寄せるような暮らしを、私は好まないの。気ままに揺り椅子に揺れていたいの。
「メラミで大ねずみを退治して!」と依頼されるのも面倒くさいの。自分でやればいいのよ皆。
私が魔法使いだと知ると、みーんな私を頼るのよ。それは良くないこと。
もう1つは、「教育には順序がある」と思ったからです。
れい?あなたには、冒険よりも先に、お裁縫やお勉強を覚えてほしかったの。
冒険のファンタジーを読むのは良い。でもそれを通じて、文字や一般常識や、人の心を学んでほしかったの。
冒険は、その先にあるもの。
勇者様はね、とても聡明な人でした。
「剣を振るうしか能がない!」そんな人が勇者になると、そんなイメージがあるかしら?
いいえ違うの。本当に英雄になるような勇者様は、学があります。魔法も使いこなすし、知恵を使って戦います。
お婆ちゃんが死んで悲しんでいるかしら?
悲しみに暮れることを、故人はまったく喜びません。
お婆ちゃんを愛しているなら、どうか悲しまないで前を向いてください。
お婆ちゃんは、自分の死を悲しんではいないのよ。
誰かが急に旅立ったとき、それは、覚悟が出来たってことなの。
ローズ
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手紙はそこで終わっていた。
呆けはじめていたのかな、と最近は心配していたものだが、手紙はとても力強い文章であると感じられた。文字もしっかりしている。
なぜ「冒険、冒険」と繰り返しささやいたのか。呆けたのではなく、「教育すべき内容が変わった」とローズは考えていたのだった。賢いれいはそれを感じ取った。
冒険したいのはやまやまだ。しかしそれが許されるのだろうか?
冒険するのはもっぱら男の子たちだ。女は家庭に入るか、そうでなくとも母親と同じ技術を身に付けて家や村のために献身する。そういう営みをれいは見て育ってきた。
れいの父母も、娘は教師になるための高等学校に進むものだと思い込んでいる。
これまでの15年、悩み事は親に相談すればすぐに解決できたものだ。そうでなければお祖母ちゃんに。しかしこればかりは親に相談するわけにもいかない。
れいは思案しながら、家の外へ出た。
カン、カン、えぃ!やぁ!カン。
今日もサラン村では男の子たちが、チャンバラごっこに汗を流している。「次の勇者は僕だ」と、サランの7歳の子たちは皆、思い込んでいる。そのための稽古をしているつもりなのだ。
それを横目にれいは歩いた。
どこに行くあても考えもなかったが、ぼーっと歩いていると級友の家の前を通っていた。
頭のよい青年だったが、勉強にはあまり興味がないようで、広い庭に子供向けの遊具なんぞをDIYしては楽しんでいた。近所の子供たちが勝手に遊んでも怒りはしない。むしろそのためにやっているのだった。名をリュカという。
リュカは、通りに面した低木に登って、ナイフで何かを削っていた。

リ「よう、れいじゃないか!」
れ「え?」れいはリュカに呼びかけられて、上の空から帰ってきた。
れ「あぁ、こんにちは」
リ「まだ落ち込んでるのか?その・・・婆さんのこと」
れ「いいえ、そんなことないわ」
リ「じゃぁ、何か悩んでるな」
れ「え!どうして!?」
リ「お前がぼーっとしてるなんて珍しいからさ。誰でもわかるよ。
そして、15歳が悩むことなんて、恋愛か進路だ」
れ「・・・・・・そう。恋愛に悩んでいるの」れいはしばらく間をおいてから答えた。
リ「じゃぁ進路だな!」
れ「え!どうして!?」
リ「お前は頭の良い人間だよ。だから察しがつく」
頭が良いから本心を悟られずに暮らせている、と自分では思っていた。
れ「はぁ」大きく息を吐く。
取り繕っても無駄だな、とれいは堪忍した。
れ「ねぇ?リュカは他の男の子たちみたいに、勇者様みたいに旅立ちたいって思ったこと、ないの?」
リ「つまり、れいは今、村を旅立ちたいけどどうしたらいいんだろう、って悩んでるんだな?
俺が旅立ちたいと思ったことがあるかは、多分どうだっていいんだ。
れいが今そのことに悩んでいて、どう解決してやるかが、要点だ」
れ「私は、『うん』とだけ頷いていれば人生が全うできてしまいそうだわ」
リ「大方、『親にも相談できないことだし、困ったわ』って思ってるんだろ?」
れ「あなたは霊能者なの??」
り「だから、考えればわかるんだよ。1時間も話す時間があるなら延々聞いてやればいいんだけど、そうでもないだろ。
村長さんにでも相談すればいいんじゃないか?親よりは客観視してくれるよ」
れ「そうね。それは名案だわ!」
リ「良かった。
そうか・・・それなら・・・」
れ「え?」
リ「それなら俺は、教師になるよ。この村で。
ありがとう!ようやく目標が出来たよ」
リュカの目は少し潤んでいたが、れいはそれに気づかなかった。
れいはリュカが何を言っているのか、よくわからなかった。頭はまだぼーっとしたままだ。
とにかく村長さんに相談するのが名案だ、ということだけを理解した。