エピソード69 『天空の城』
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- 2024年7月21日
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エピソード69
商人の女ももう行ってしまった。行商の目的は別の町であるらしい。
れいは一人で、この山肌に張り付いたカラフルな町に踏み入る。
ここはどこですか?とれいは尋ねる。
男「フズだよ。アートな町さ」男は自慢気に言った。
なるほど、近くまで寄ってみると、家々はただカラフルなペンキで塗られているだけではない。多くの壁には、ウォールアートが描かれているのだった。大きな大きなラクガキである。
上手いと言えば上手い。そして本当に数多くのウォールアートが散乱している。「アートな町」というのも偽りではない。
ただし描かれている絵柄は気味の悪いものも多く、れいは好感を抱くでもなかった。
冒険の一ページとしては、非常に面白いと言える。やはりこんなにもラクガキに満ちた町の発想は、サラン村にはあり得ないし、ファンタジー小説でも見たことがない。
れいはラクガキを鑑賞しながら路地を歩いた。
この町には大きな建物があまりなく、民家ばかりが並んでいる、ように見える。宿屋はどこだ?武器屋はどこだ?それすらわからない。「宿屋はどこですか?」と道行く人に尋ねると、「そこら中にあるだろう」と返された。
れ「うん???」
よくよく眺めていると、家壁のラクガキに混じって「ホームステイ」という文字のレタリングされた家がちらほらある。もしや宿泊の意味なのか?と察して家のドアを叩いてみると、正解だった。「ホームステイ」と書かれた家たちが、この町では宿屋の機能を担っている。
民家が、旅人を受け入れているのだ。旅人は、民家に泊まるのだ。
れいは少々面食らったが、郷に入らば郷に従うしかないな、と決意した。しかしれいが女であることを配慮し、「あの角のホームステイは女主人がやってるよ」などと親切に教えてくれる人もいた。
こうして、まるで現代日本の営業マンのごとく、何軒かの軒下を訪ね歩いてようやく、れいは寝床を確保した。まったく奇妙な、斬新な体験だ。しかしこれも冒険の魅力の1つなのだろう。
女主人のホームステイは、本当に普通の民家だった。昔娘が住んでいた部屋を宿泊部屋として転用している。まだ娘が使っていた机や教科書や遊び道具が残っている。れいは興味深く、ボロボロの教科書や遊び道具などを眺めた。文化の違いを味わっている。
廊下も台所も居間もそれなりに散らかっている。宿泊客を招き入れるからといって、清潔に保とうという意識は薄いようであった。しかしこの女主人の家はわりとマシなほうなのだ。他の家も中を見せてもらったが、もっと乱雑な家もあった。
れ「ホームステイがあちこちにあるようですが、他所から人が来るのですか?」
女「ラクガキを見にくる観光客がちょいちょいいるんだよ。国境を越えるついでに寄る人なんかもいるしね」女主人はサバサバと言うと、れいに茶を差し出した。その茶もれいが飲んだことのない味がした。