エピソード87
翌日の昼どき。
城の様子がよくわからないので、れいは早めに稽古場に赴いた。まぁ城の者に尋ねれば快く教えてもらえた。
稽古場に着いた志願者は、れいが1番初めだったようだ。
1人、また1人と冒険者が現れる。れいが一番そわそわしているように見える。皆強そうだ。
現れる冒険者の数は7人よりもずっと多い。どうも、3人4人組の冒険者のうち1人が参戦する、という形が多いようだった。れいだけ一人、孤独である。
そして戦士の男も姿を現す。屈強な体は200センチに迫りそうで、見たこともない立派な鎧を身にまとい、手には大きな剣を持つ。いかにも強そうだ。
れ「まぐれは、無いかも・・・」れいは益々気弱になってしまった。
正午。
王様や近衛兵、張本人である王子、その他取り巻きが集まっている。
手合わせも大臣が取り仕切るようだった。
大「皆の者。集まっていただき感謝する」
すると参加者の一人の魔法使いが、一歩前に出る。
魔「試合のルールを教えてくださいな。まともな説明を受けておりませんが」
大「わかっておる。
といっても特殊なルールは別にない。
殺す必要はない。どちらかが『まいった』と言ったら手合わせは終了じゃ」
魔「戦闘の方法は自由、ということでよろしいのでしょうか?」
大「自由じゃ。武器の使用はもちろん構わん。それぞれが得意な戦法を発揮すればよい」
戦「《薬草》や道具の使用も良いんだな?」
大「よろしい」
志願者たちはそれで黙り込んだ。
大「それでは、戦士のほうから手合わせを始めよう」
いきなり私からだわ!れいは益々胸が高鳴る。
大「戦士ネルソン、剣士れい、双方前へ」
名前を呼ばれ、れいは恐る恐る前へ出た。
思いがけない奇跡は起きないものかと祈ったが、やはり相手はあの大柄の戦士であった。
ネ「俺の相手は女か。しかも武器は《聖なるナイフ》だって?
ツイてるなぁ俺は」
聴衆もざわつく。「こんな戦力差で大丈夫なのか?」という戸惑いだ。
そう。なんとれいは、1日散々思案した挙句、《聖なるナイフ》を選んで構えた。
ネルソンはれいを下から上に、舐めるように観察してから言った。
ネ「《いかずちの杖》が欲しくて気張ったのかもしれんが・・・
申し訳ないが勝たせてもらうぞ。
いや、そうじゃないな。
王子の護衛に相応しい戦力の者が、勝たなければならんよ」
れ「は、はい」れいはおどおどと答える。
大「それでは・・・
はじめ!」
その瞬間、聴衆のすべてが驚いた!
なんと、瞬殺されてしまわないかと皆を不安にさせていたれいが、小さな小さな《聖なるナイフ》を握って勇ましく突撃していったからだ!
素晴らしい勇気の少女だ!しかし・・・美談を作った者が勝つルールではない。聴衆は顔面蒼白である。
れ「えぇぇぇい!」れいは威勢の良い声を上げてナイフで突進していく。
戦士は子供の相撲に付きあう大人のように、余裕しゃくしゃくの表情で真っ向から待ち受ける。武器をすっと構える。とりあえずはナイフのジャブを捌いてやろう、という心づもりだ。
避けないぞ。油断しているぞ。れいは確信した!
ドゥゥっ!《聖なるナイフ》を持つ右手ではなく空の左手に、素早く魔力を込めた!
れ「《メラミ》!!」れいはネルソンの間合いに入る前に、全力で《メラミ》を撃ちこんだ!
ネ「うわぁ!」ネルソンはモロに《メラミ》を喰らう。その威力に吹っ飛ばされ、倒れ込む!
れいは硬い表情を緩めず、すかさず次の魔法を唱えた!
れ「《スカラ》!」れいの守備力が上がった!
ネ「なんだおまえ!何もんだ!」ネルソンは立ち上がった。
れいの読み通り、ネルソンは《メラミ》を真正面から食らっても屈しない。
ネ「でもな、《聖なるナイフ》じゃ勝ち目はねぇよ」
ネルソンは腹の痛みを堪えながらも威勢を取り戻し、武器を構えた。
れいは数歩下がって距離を保った。
ネルソンは、斬りかかるために間合いを詰めようと駆けだす。
その瞬間、れいは手に持っていた《聖なるナイフ》を、なんとネルソンのひざのあたりに向けて投げつけた!
ネ「どわ!」意表を突かれ、そして身の安全を計るため、ネルソンの助走は緩み、そして視線が自分の足元に向いた。
2つ目の隙が出来たその瞬間!
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