エピソード8 『天空の城』
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- 2024年7月21日
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更新日:8月13日
エピソード8

ラ「吊り橋の試練に女がやってくるなんて、思ってもみなくてさ」
れ「あなたは、吊り橋の試練の審判員?」
ラ「まぁそんなもんかな。ご褒美をあげる係さ」
れ「そういえば」そんなことが立札に書いてあった。
ラ「来てごらん!」
ライドンはれいの手を引いて、入口とは反対側のバルコニーに招いた。
れ「うわぁーーーーー!」
れいは再び感嘆の声を上げる。
丘の上のツリーハウスからは、サントハイムの領土が一望できるのだった。
絶景を望むことは、れいが憧れていたことの1つだった。
れいの呼吸は、その絶景を眺めたまま2分も止まったままだった。
なんだか、旅はもうこれで終わりでも良い気がする・・・そんなことすら思ってしまうのだった。
ライドンは、見透かすように言った。
ラ「そう。何でもいいんだよ。
吊り橋の試練によって持ち帰る教訓は、何でもいいんだ」
れ「どういうこと?」
ラ「吊り橋やバブルスライムが怖すぎて、もう冒険なんて懲り懲りだ!と醒めるのもいい。
ツリーハウスやこの絶景に感動して、冒険に満足するのもいい。
この小さな冒険を準備運動にして、さらなる冒険に出るのもいい。
どれでもいいのさ。
試練なんて名付けてるけど、その実はとても優しい。気づいた後にはね」
れ「なるほど」
だからか!とれいは思った。村から吊り橋の試練に旅立っても、遠き冒険になど出ずに日常生活に戻る男の子もいた。れいは、「なんでここにいるの?」などと男の子に口出しできるようなたまでなかったので、彼らがなぜ日常生活に戻っているのかよくわからないままだった。
れ「あなたは、サランの村の人なの?」
ラ「そうだよ。
僕も、遥かな旅に出ようと思って吊り橋の試練を受けた男の一人さ。
そして、ここが偉く気に入っちまったんだ」
れ「それで、ライドンも旅に出るをやめてしまったの?」
ラ「いいや。僕は旅に出た。それなりにさすらった後に、ここに戻ったんだ。
爺さんに言ったら、『ここに住んでいい』って言ってくれたし。
それに吊り橋の試練に挑んだ村人たちを、出迎える誰かがいたほうがいいだろうって思ったんだ。だから勝手にそれを買って出た」
れ「旅には出たけど、戻ってきた?」
ラ「そう。 『情けねえな』と言うヤツも多かったけど、僕は気にしてない。だってこのツリーハウスもこの絶景も、素晴らしいものだから」
れ「爺さんって?」
ラ「このツリーハウスを作ったのは、サランの村長さんさ」
れ「えー!」
ラ「村長さんは、勇者様の友人だった。
村長さんは魔王を退治はしなかったけど、彼は彼なりに人の役に立とうとしたんだよ。それなりにはさすらってきたらしいし、村に帰ってきた後は、このツリーハウスを建てた。
勇者様の背中を追う若者たちのために、さ」
れ「あの人が・・・!」
ラ「この計画を思いついた当初は、叱咤の意味合いが大きかったらしい。
吊り橋も渡れんくらいじゃ、バブルスライムも倒せんくらいじゃ、冒険なんてやめとけ!ってね。憧ればかり強くて軟弱な少年は多いからな。
でも、爺さんがここでツリーハウスを造ってるうちに、感じるものが変わってきた。
このツリーハウスや絶景が1つのゴールだっていいだろう、そう思えたらしい。世界は広くて絶景も多いけど、これだって結構ハイレベルな絶景なんだ。旅立ったみんなが世界の果てまで行かなきゃいけないのか?そんなことはない。
この絶景を見て、『あぁ、もっと色々見たい!』と志すのもいい。
そして・・・
このツリーハウスは、旅立つ村人にとっての壮大な道しるべなんだ」
れ「道しるべ?」
ラ「そう。
『原風景』って、わかるか?」
れ「原風景。なんとなく」
ラ「『自分が生まれた土地の風景』って意味もある。
でも、『旅人にとって、最初に訪れた場所』って意味あいもある。
最初に訪れたっていうか、最初に感動した場所のことさ。
旅人に『一番思い出に残ってる場所は?』って尋ねると、それは冒険の初期に見たものを挙げることが多い。若い、みずみずしい頃に見た景色って、心に強く残るんだ。『これが理想だ』って思う。
するとどうなると思う?」
れ「どうなるの?」
ラ「田舎を旅立った旅人たちは、やがて都会に達し・・・
中には、その都会の欲深い忙しない暮らしに盲目してしまう者も多い。つまり、堕落だ。
でも、『原風景』としてこんなにも美しい、無邪気な木の秘密基地を持っていたら・・・?
彼は、大きな旅の果てに、必ずや緑の地を選ぶ。
その素朴な感性が、人を啓蒙し、人を救うんだよ。
だから、歴代の勇者様には、田舎の村の出身者が多いんだ」
れ「ごめんなさい。ちょっと話が吸収しきれないわ・・・」
ラ「ははは。いいんだよ。
言ったろ?
大事なことは、君がこのツリーハウスや景色を見ることなんだ。
それでもう勝手に、『原風景』として心に焼き付くんだよ。それが君の旅の、君の人生の道しるべとなる」
れ「なんとなく、なんとなくわかる気がします」
ラ「そうだ。それでいい。ははは。
僕は、その手伝いがしたかったんだ」
れ「うっ!」
れいは大きな安堵を感じて気が緩むと、途端にバブルスライムから受けた毒の痛みがうずき出した。
ラ「どうした?」
れ「緑のスライムに・・・毒に冒されたんだと思います」
ラ「《キアリー》!」ライドンはれいの足の毒を解除した。
れ「君、毒に冒された体を引きずって丘を登ってきたのか?」
れ「はい」
ラ「《毒消し草》は?《キアリー》は?」
れ「ありません」
ラ「なんてこった!
武器は?」ライドンはれいの体を見回した。
ラ「《聖なるナイフ》か。大した武器じゃないな。すると魔法が得意なのか?」
れ「いいえ、魔法なんて使えません」
ラ「なんだって!?華奢な女の子が《聖なるナイフ》だけでここまで来たっていうのか!?」
れ「え?えぇ」
ラ「よくここまで来たな!」
れ「意識が朦朧としてました・・・」
ラ「あまりにも準備が出来ていなさすぎるぜ!」
れ「村長さんも親も、吊り橋の試練に行けって言いませんでした」
ラ「どういうことだ?
それなのに君はここに来たのか?」
れ「王都まで繰り出す前に、こっちに来たほうがいいのかなって思ったので・・・」
ラ「ああ・・・!推測だけども。
村長さんも親御さんも、君には吊り橋の試練すら早すぎると思ったんだろう。
別にここに来なくたって旅は出来るんだ。女の子なら色んな人が手を差し伸べるだろうしね。
王都への行きしなの村で限界を感じたら、その周辺で鍛錬をすればそれで事足りる」
れ「私、自分からわざわざ厄介な試練を背負い込んでしまったのですか?」
ラ「そういうことだな。まぁ無駄じゃないよ。
それにしたってそのまま帰すわけにもいかないな。
ごほうびは絶景だけじゃ不充分だ。
君、魔法が使えないと言ったな。素質がまったく無いのか?
れ「え?わかりません」
ラ「ちょっと待って。そこでじっとして・・・」
ライドンはれいの姿をじっと見た。彼は霊視を使って、れいのオーラをスキャンしたのだった。
ラ「おい!魔法の素質があるぞ!
いや、あるなんてもんじゃない!すさまじい素質を秘めてるぞ!」
れ「そうなのですか?」