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エピソード92 『天空の城』

  • 執筆者の写真: ・
  • 2024年7月22日
  • 読了時間: 4分

エピソード92


サザンビークにおいて、れいはちょっとした英雄になってしまった。れいの為した功績はすぐに城下町に知れ渡った。「青いローブを着た、戦士か魔法使いかよくわからぬ少女」と形容されれば、誰にでも気づかれる。

「れい様!」「れい殿!」「うちのハンバーグにお代は要りませんので!」と言われれば気分もよいのだが、しかしその貴族扱い、英雄扱いを、れいはすぐ嫌になってしまった。

貧相な装備をまとって蔑まれるのは不快なものだが、目立たぬ装備をまとって平均的な人間として扱われていたほうが心地よい。れいはそう思うのだった。

この街の中で「れい様と呼ばないで」と言っても埒が明かない。しばしの観光と休息を挟んで、れいはここを旅立った。


直線的に、数学的に設計された建物に、アールヌーボー調の流線的な装飾。そんな街並みをれいは気に入った。

いや、緑多き田舎に行けばそれが気に入り、赤茶けた荒野に行けばそれに興奮するれいなのだが、このサザンビークのような美的文化も気に入ったので、もう少し続けてこういう街を巡りたいと思った。

この辺りは大きな平野が続き、さすらいの目的地は四方八方無数にあるようなのだが、れいの好みに対して貰ったアドバイスで、次はマーディラスという街を目指した。



魔物を倒しながら旅を続ける。

褒美として貰った《いかずちの杖》は噂の通り、振りかざすことで《ベギラマ》の効果があった。

《ベギラマ》は《ギラ》系呪文の中級に属する。《ギラ》は《メラ》と似た炎の魔法だが、閃熱は帯状に広がり、広範囲の魔物を焼き尽くす。《メラ》は単体の敵に、《ギラ》は集団の敵に、というふうに使い分ける。《ヒャダルコ》と対を為す、というような側面もある。《ヒャダルコ》は氷の刃を集団の敵に降り注ぐものだ。

《ギラ》を習得せずにきたれいは《ベギラマ》の習得も困難であるはずで、杖のチカラによって《ギラ》の中位魔法を放てるのはありがたいかぎりだ。いいや、バリエーションの問題ではない。敵の集団に効果が及ぶ中位攻撃魔法を、魔力を消費せずに放てるというのは尋常ではないコストパフォーマンスだ。広い世界から見れば《ベギラマ》などそう大した魔法ではないのだが、ヒヨコから進んできた冒険者にとって、《ベギラマ》がノーリスクで放てる《いかずちの杖》は、やはり心が震える逸品の1つである。


繰りかえすが、攻撃魔法には「属性」という概念がある。

《メラ》属性、《ヒャド》属性、《バギ》属性、《イオ》属性、といった具合だ。

魔法に無知な者に対しては、炎属性、氷属性、風属性、などと説明したりもする。

いっぱしの魔法使いは、「《メラ》属性しか使えない」というような鍛錬はしない。魔物の中には《メラ》属性の効かないものもおり、そういう敵に遭遇したときにお手上げになってしまうからだ。《メラ》属性の効きにくい防具などもある。

すると、集団攻撃の魔法として《ヒャダルコ》が使えれば充分じゃないか、ということにはならない。少なくとも《ヒャダルコ》に加えて炎の《ベギラマ》を、もっと優秀ならさらに《イオ》属性をも、というふうに、複数の属性を使いこなせるように修行をする。

魔法使いの優秀さを計る指標は、上位魔法を使えるか、だけでなく、複数の属性を操れるか、ということも重要視される。僧侶は《バギ》属性が使えれば良い。勇者は《イオラ》か《ベギラマ》が使えればよい。が、魔法使いは中級者といえども3属性程度は使いこなせないと、「頼りない」と言われてしまう。

または、属性をあまり多く使い分けない魔法使いの場合、敵を弱体化・かく乱する間接攻撃の魔法などを幾つも操ったりする。


れいは先日のボストロールとの戦いで、他のパーティの魔法使いたちがそんなふうに器用に3属性、4属性の攻撃魔法を操っているのを見て、非常に刺激を受けた。

だからこそ魔法使いは、敵を殲滅する攻撃の要として注目を浴びるのだ。

「属性の幅をもっと広げなくては」という意識が芽生えたれいは、マーディラスへの道中で《ギラ》を覚えた。



街に辿り着く半里前から、眼前に迫るのが目当てのマーディラスだとわかる。

噂によるとマーディラスは、大きなカテドラル(教会)で有名であり、その教会は高くそびえる時計塔を持つのだ。

そして家並みは統制が取れていて、どの家も朱色の屋根を持つのだった。

民家の多い街だった。人の営みの活気で溢れ、人の営みの匂いがする。

パン屋さんの良い匂いがしたかと思えば、革細工の奇妙な臭いがする。武器でも防具でもなく、暮らしのための店々がのどかに並ぶ様子も楽しく、れいは時々立ち止まりながら、訪問初日の習慣となっている「町把握」を楽しんだ。冒険者の姿はあまりないようだった。僧侶のような格好の旅行者が少し見受けられるか。

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