エピソード94
教会の裏手側の小さな勝手口に通される。夜中の教会など初めてだ!
勝手口から入っても立派な聖堂はお目に掛かれない。どうせ真っ暗か。勝手口の中には、宿直であろうシスターが待ち受けており、まごまごと不安そうにしている。
宿「この子が登ってくれるってよ!」
シ「おぉ!神の思し召しですね!」シスターはれいを見て、胸に十字を切った。
宿「あとは任せたぞ」宿主はシスターに言った。
れ「どうすればよいのですか?」れいはシスターに尋ねる。
シ「すぐそこに階段室がありますから、てっぺんまで登ってくださいまし。
鐘楼の下に、カラクリ部屋があります。おっきな歯車がいっぱい並んでますから、すぐわかるはずです」
れ「部屋はわかっても、私、カラクリはいじれそうにありません・・・」
シ「いいえ大丈夫よ。
その部屋にね、船の舵みたいな大っきなまぁるいのがありますから。
それをぐるぐるぐるぐる回してくださいまし。
あぁ違ったわ!」
れ「え!」
シ「えぇとね、順序ってものがあるのよ。
時計が止まってますからね。まずは時計の針を動かすの。
そのカラクリ部屋に、表に通じる小さな扉がありますから、そこから表に出てくださいまし。
それで、これ。懐中時計をあなたにお渡ししときますから、この懐中時計と同じに、時計塔の針を動かしてね。
それが済んでから、舵をぐるぐる回すんですよ。100ぺんも回してください。それで1日持ちますから。
それだけです。わかった?」
れ「はい。たぶん」
塔に登って大きなネジを回せばよいのだろう。イメージは付いた。
シスターは階段室の鍵を開けた。普段は人が入れない場所なのだ。それもそうだ。知らない子供が勝手に侵入して、10時8分に鐘を鳴らされても困る。特別な場所に立ち入るというのは、ドキドキするし嬉しい。
シ「じゃぁ、がんばってね」シスターの見送りは階段のふもとまでだ。
れ「はい。行ってきます」
れいは力強く階段を登り始めた。
外からは立派に見える教会も、中は老朽化している。階段はミシミシと音を立て、不安になってくる。
塔の内部は、小回りのらせん階段だけが延々と続いている。上るだけで目が回ってくる。時々踊り場があり、休憩を許可してくれているようだが、その踊り場には何かよくわからないガラクタか粗大ゴミが放置されているのだった。休憩など出来ないばかりか、それを避けて進むことすら煩わしい。
そしてまた螺旋階段が続く。カビの匂い、ホコリの臭いにむせもする。ミシミシ、ギイギイと階段は音を立てる。本当に大丈夫なのか?あまり引き受ける人がいない理由が、なんとなく察せられた。
ふう。階段の真ん中で一息つく。どれくらい登っただろう?もう半分は越えたかな?いいや1/3だ。
また踊り場があり、そしてガラクタが通せんぼしている。なんだかオモチャのようなものもあるが。掃除夫はこの細い塔の中で、オモチャで遊んで時間を潰したりするのだろうか。
ミシミシ、ギイギイ。妙な音とダンスをしながら、慎重に歩く。時々は手すりもない。真っ暗な中で急に手すりが途切れると、ビックリなんてものではない。
まだまだ登る。ようやくこのお化け屋敷のような階段に慣れてきたと思ったそのとき・・・
バキバギ!
れ「きゃぁ!!」
なんと階段の床の1つが、老朽化により底抜けしてしまった!れいは真っ逆さまに落ちる!
まさか地上まで落下するのかと青ざめたが、踊り場が彼女を救うのだった。
ドシン!
れ「いたたたたた」れいは派手に尻もちをついた。
そして泣きっ面にハチとばかりに、尻もちに泣くれいを誰かがバシバシと叩いてくる。
なんだ!?
踊り場には6本も7本もデッキブラシが立てかけられてあり、れいが落ちた衝撃でそれが倒れてきたのだった。
れ「なんでこんなにブラシがあるのよ!」温厚なれいもさすがに口調がイラついてきた。
掃除夫は面倒くさくて、古くなったブラシを下に持ち帰りはしないのだろう。何か必要になったらこの階段室に持ち込むが、不要になったものを撤収はしない。それが数十年続くと、こういう乱雑な、障害物競走のような塔が出来上がる。
・・・なんか、思っていたよりもずっと大変だ・・・。
慣れればそうでもないのかもしれない。昼間ならそうでもないのかもしれない。しかし、余所者が、真夜中に、片手をランプで塞がれながら行うものでないようだ。
やがてヒョーヒョーと風の音が聞こえてくる。高度が増してきたのだろう。
ゴチン!頭が天井にぶつかり、階段はようやく終わった。