エピソード97 『天空の城』
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- 2024年7月22日
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更新日:6月22日
エピソード97
れ「ふぁーあ、眠いわ」
そうだ。れいは寝ずにこの仕事を担ったのだった。
役目を終えて安心すると、宿屋に帰って眠った。
15時過ぎまで眠っていた。
受付に降りていくと、宿屋の店主はれいに感謝を告げ、労った。
そして「今日のぶんの宿泊費をサービスしてやる」と言った。
なんでも熱を出したカジカ爺さんとやらは、この宿主の親戚なのだった。街が飽和する以前から営まれている古い宿の店主というのは、街の要人を担っていることも多かったりする。鐘楼の番人を、普通は「要人」とは言わない。しかし、それはある意味で要人であるはずだ。
れいは、再び教会へと赴いた。立派な教会の、内部装飾が見たかったのだ。
感謝や何かが欲しかったわけでないので、勝手口ではなく表から普通に教会の大きな扉を開いた。
そしてまた驚かされるのだった。
マーディラスのカテドラルではその日、20人もの町人たちが歌を歌っているのだった。
れ「歌!?」れいは面食らった。
それはいわゆるゴスペルというものだった。あちこちの教会で行われているもので、聖書の教えをシンプルな歌にして、皆で歌うのである。聖歌にも様々があるが、ゴスペルはジャズ調のノリのよいものが多く、手拍子や足踏みなども響かせていて、教会の厳かな雰囲気とはギャップを感じる者が多いだろう。れいもギャップを感じて、だからなおさら驚くのだった。
なんで教会で歌など歌っているのだ?
しかし天井の高い大きな硬い建物で、歌声はとてもよく響き、美しい音色を奏でているのだった。面白い。
れいは一番後ろの長椅子に座り、静かに音楽鑑賞を楽しんだ。マーディラスのゴスペル団は結構上手く、ちょっとしたコンサートを無料で鑑賞させてもらえたようなものだった。コンサートの鑑賞などというのも、れいにはあまり体験のない貴重なものだった。
3曲か4曲が過ぎると、「また来週~」と誰かが言って、ゴスペル団たちは散っていった。
ゴスペル団には、制服を着たシスターも数名混じっていた。彼女たちもお勤めへと戻っていく。
そのうちの一人、若いシスターが、聖堂を後ろのほうへと歩いてきた。なんとなしにれいの姿を見て、そして驚く。
シ「まぁ、あなたはひょっとして、今朝の鐘を鳴らしてくださった冒険者様では?」

れ「あ、はい」なぜわかったのだ?という顔でれいは目を丸くした。
シ「青いローブの女性が教会を訪ねてきたら丁重にもてなせと、宿直のシスターから聞いておりますわ!」
れ「そうだったのですか」なんだか、あまり何も考えていない行き当たりばったりな人々だという印象があったが、それなりに物事を考えてくれてはいるようだった。
シ「ちょっと裏まで来ていただけます?フルーツくらいはお出しできます。
あ、私はシスター・アンリ。あなたお名前は?」
れ「シスターアンリ。私はれいといいます」
ア「れいさん。軽食をお出ししますわ」アンリはニコっと微笑んだ。
聖堂の前方からも、裏の作業場へ回ることは出来るようだった。アンリに連れ立って、れいは聖堂を抜けていく。
シスターたちの事務所や控え室があり、台所もあるのだった。
ア「座って」アンリはれいをダイニングテーブルに着かせる。
すぐにフルーツを山盛りに切ってもてなした。
ア「どうぞ。
ごめんなさいね。教会にはご馳走というご馳走はないの。フルーツとお菓子くらいしか」
れ「いいえ」
れいはお言葉に甘えてフルーツを頂いた。
ア「女性一人で冒険されてるの?ステキね」
アンリはニコニコとれいを見る。とてもほがらかでフレンドリーな人だ。これまで教会で見たシスターたちとは雰囲気が違うように思えた。
れ「あの、教会というのは、静かに人生を振り返る場所ではないのですか?」
ア「ごめんなさいね。あなたの内省の時間を邪魔してしまったかしら」
れ「いいえ、そうではないんです。教会で歌を歌っているのを、初めて見たもので」
ア「うふふ。ゴスペルや聖歌隊を行う教会は、そんな珍しくないはずよ。
教会のための歌はたくさん作られています。昔の有名な作曲家さんだってたくさん作ったのよ」
れ「そうなのですか」
ア「教会の役割って、1つじゃなくて良いんじゃないかしら」
れ「え?」
ア「神の教えを説いたり、内省をしたりするのも大切なこと。
でも、みんなで仲良く歌を歌ったり、お茶会をしても良いんじゃないかと思います」
れ「教会の目的が変わってしまいませんか?いえ、文句を言うつもりはないのですが」
ア「うふふ。そうでもないのよ。
歌の時間だとしても、教会には感性の似た人が集まるの。神様が好きで争いが嫌いで穏やかな人が集まるのよ。
街のバーやブティックに行っても、そういう人はいないの。
つまり教会って、感性の似た人の『たまり場』なの。似た人と一緒に音楽するのは楽しいことよ」
れ「なるほど」
ア「似た人とおしゃべりするのは、楽しいことなの。安心して自分を出せるし、ストレス解消できるの」
たまり場か。教会にはそういう役割もあったのか。
ア「うふふ。実はね、私は昔、街のバーで歌ってたこともあるのよ。
歌が大好きなの。
お酒臭い、タバコ臭いバーの中で、オペラの恋愛の詞なんか歌ってたの。
でもね、伴奏してくれるミュージシャンも、おひねりをくれるお客さんも、なんか私と違うのよ。ガラが悪いって言ったら失礼かもしれないけど・・・感性がちょっと違うなぁって不満だったの。
そんな折に、子供の頃ここで歌を歌った記憶を、なんとなく思い出したのよ。
そしたらここの人たちは平和だし、人に尽くすことを考えてるし、優しい人が多くてね。ここのゴスペルをやるようになったし、シスターにもなっちゃったの。
うふふ。実は私、聖書のことあまりよくわかっていないわ。
敬虔な信仰者とは言えないのだけれど・・・でもみんな気にせず私を受け入れてくれてるわ。
教会によると思うけどね。マーディラスの教徒たちは、私ほどでないにしてもおおらかなんだと思うわ。
時報が5分遅れたって、誰も怒りやしないのよ」
あ、バレている!
へぇ。色々な教会があり、色々な教徒がいて、色々なシスターがいるのだな。アンリのような明るいシスターもいい。
れ「ところで私、明日の朝も鐘楼に登ったほうが良いのでしょうか?」
ア「たぶん大丈夫だとは思うけど・・・もしかしたら要請が行くかもしれないわ。カジカさんが元気になるかどうか、夜にならないとわからないものね。
れいさんは今夜もこの街にいるの?」
れ「はい。近くの、同じ宿に泊まるつもりでいます」
その日の夜、ドアにローブを掛けて0時まで寝ずに待っていたが、誰もれいを起こしには来なかった。
れいは安心して、すやすやと眠った。