episode18 『王と悟り』
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episode18
結局クレアは、一人でもなお赤土の遺跡に向かったりはしなかった。あの男を追わなかったし、アンチローブにも行かなかったが、とぼとぼと国に帰っていくのだった。イムルの村の風情にすら興味を持たず、船着き場へ引き返していった。
ソロを捕まえたかっただけなのだ。旅行はついでである。
ソロは、誰がおらずとも旅をしたかった。2人の目的は微妙に違うのだ。
いいや、クレアは「旅」への憧れも内包してはいた。しかしそれを実践する強さが、まだ足りなかった。素朴な村にあるたくさんの魅力が、クレアにはまだ映っていなかった。
ソロは、必ずしもクレアのことを振ったわけではなかった。クレアに興味がないわけではない。なにしろキラキラと輝く美しい女性だ。「今はあなたのような豪華旅行はしたくない」と言っただけだ。クレアの興味が変わるなら、2人の人生は交わる可能性が残されている。そのことにクレアが気付けば、だが。
人生とはそういうものだ、チャンスは一度しかないわけでもない。しかし多くの人は、1度の挑戦でもう諦めてしまう。
夢とは、簡単に叶うものではない。しかし、一度で諦めてしまうのはあまりにも浅はかだ。
ソロはさらに3日この村にいた。本を読んだり、川を眺めたり、戦闘訓練をしたりした。
次はどこに行こうか、人と話して情報を集めた。
茶色い川はまだまだ北へ伸びており、船に乗ればそれだけで新たな町を見つけることも可能ではあった。魔物を倒しながら陸地を延々と歩くよりずっと楽だ。または馬車など雇って手っ取り早く新しい町へ赴く方法もある。が、そんなお金の余裕はない。ソロはそろそろこの川旅にも飽きを感じた。延々と歩くか。答えは自ずと決まった。
宿では冒険者と話が出来た。小さな村ほど宿も安いと思ったが、「そうでもない」と彼は言った。旅人が少ない村は、安い相部屋が発達しないのだそうだ。
そこでソロは、イムルの村で野宿の道具を揃えた。ときには村や町ではなく草原や荒野で、夜をまたぐことにした。すると結局、新しい武器など買えはしなかった。
隣の本屋では、食べられる草や木の実なども調べた。
「この先をその《銅の剣》で行くのか?」と幾人かは不安がったが、ソロにはその選択肢しかなかった。まぁどうにかなるさ、と。
出発だ。東を目指すことにした。遥か東に大きな城下町があるらしい。
王城というのはカレンにはない文化である。楽しみだ。
魔物の生息域は徐々に変化していく。最近いっかくうさぎを見ていない。
つちわらしはよくバブルスライムと一緒に現れる。バブルスライムは痛い攻撃をしてこないが、ダメージを食らうと毒に冒されてしまうことがある。毒に冒されるとズキズキと体に響き、徐々に体力を奪われてしまう。《毒消し草》によって解毒が可能だが、そうたくさん持ち併せてはいない。

バブルスライムが出現すると、どうしてもバブルスライムから先に倒したくなる。しかしバブルスライムに構っていると、その隙を見てつちわらしは巧みに殴りかかってくる。この連携は地味に手強い。
最近益々、《銅の剣》は敵を斬っている感じが薄い。殴打しているだけな気がする。これは不利な戦いだ。しかしレフェリーも救いの神もいないのだから、不平も言わずに黙々と耐える。
そしてついに、いたずらもぐらなる魔物に遭遇した。

もぐらが2本の足で立ち、器用に柄の長いシャベルを振り回して襲い掛かってくる。武器での殴打は痛い。そしてこちらの剣による攻撃を、巧みに受け止めてくる。ソロの鈍い《銅の剣》では、木製のシャベルの柄を斬ることが出来ない!またはこのシャベルは、魔力など込められていてちょっと頑丈なのかもしれない。
この奇妙なチャンバラごっこは、楽しくて楽しくない。
なるほど、世の中には小さな村があるものだ。
相部屋を埋められるほど旅行者が多くはないのだろう。宿は個室のものしかなく、そのぶん高い。まぁ高いといっても10ゴールドで済むが。50ゴールド掛けている人にとって3ゴールドも10ゴールドも大差ないと感じるのだろうが、「3ゴールドで抑えたい」と思っている質素な人間にとって10ゴールドはかなり高く感じるのだ。
まぁそのぶん朝食が付いたり、広い部屋を悠々使える利点などある。高い宿しかないときは、その利点を目いっぱい楽しむようにする。
もっと小さい村もある。
武器屋も防具屋もなく、「よろず屋」という店の中に《銅の剣》も野良仕事のクワも、《薬草》も皮の靴も売っている。村は小さくとも、宿屋と道具屋があるだけで立ち寄る価値がある。《薬草》や《毒消し草》を買い足すことは命綱だ。「こんなところに村を作ってくれてありがとう」と言いたくなる。

3軒しか家がない里もある。村とも呼べないだろう。
しかしなぜか、「疲れただろう。泊まっていきなさい」と旅人の気持ちを察してくれていたりする。一体彼らは、旅人のために生きてるようにすら見えてしまう。
そう。「宿屋」というものがなく、人の家に民泊をすることもある。その民泊はお金を取らないものもあれば、5ゴールドほど払う仕組みの家もある。
「5ゴールドはちょっと高いな」と思っていたら、「干し肉を持っていけ」「チーズを持っていけ」と、なんだかんだ払った金額よりずいぶん多くのものを貰っていることもある。そして辺境の地において、その貰い物はとても貴重でありがたかったりする。
ものの中には、「店」ではなく「民」しか持っていないものだってあるのだ。
とても素朴な村が、名前すらないかもしれない集落が、地味に面白かったりする。
ときにはそこの老人と一緒にクワを持って畑を耕したり、かやぶき屋根の吹き替えを手伝ってやったりする。
数軒の家が立ち並び、しかし人のまったくいないところもあった。
なぜもぬけの殻なのか?考えると悲しくなる。しかし背に腹は代えられないので、家の中で風雨をしのがせてもらう。前に同じように泊まっていった旅人が、テーブルの上にコインを置いていった形跡を見つける。誰もいないのに、お金を置いていったのか。
人が誰もいないと、失礼ながら家の中を徘徊したりもする。居間には本棚がある。
ソロはそのうちの1つを手に取った。
『古の勇者ローシュの旅日記~人里編~』
オレはお使い係じゃない!
「なるべく身軽な荷物でいたい」と考えるソロは、次の村にいつ遭遇できるかもわからないのに、ついつい食料もろくに持たずに出発してしまう癖があった。
しかしなぜか、彼は飢えなかった。なぜだろう?冒険の初手がこのエリアであったことはソロにとって幸いした。フルーツの原生がわりと多い地域なのだ。
野を歩いていれば、バナナやアボカドやブルーベリーやランブータンの原生を見かけることがある。ソロはフルーツ好きであったため、それらを見かけるたびに小腹を満たしながら進んだ。もしフルーツに興味がなかったら、それがフルーツだとわからずに通り過ぎたり、少し食べてもう嫌になって、空腹に悶えていただろう。
フルーツ好きという趣向が、思いがけずソロの命を救っていたのだった。
・・・長い遠征になると覚悟はしていたが、それにしても目当ての城が見えるまでに2週間もかかった!そんなに遠いとは聞いていないぞ!ある人は、どれくらい東にあるのかわかっていなかったのだろうし、ある人は、馬車で行く前提で距離感を伝えたのだろう。
2週間も、宿とも言えぬ宿など泊まり継ぎながら、すでにボロボロの《銅の剣》だけを相棒にして、孤独なさすらいをしたのだった。まるで武者修行のようだった。
「あぁ、クレアさんと優雅に旅していればよかった」なんてことが頭を過(よ)ぎったりもするし、「クレアさんを巻き込まずに済んでよかった」と思ったりもする。



