episode55 『王と悟り』
episode55
4つ目の大きな村を抜け、さらに峰を歩く。
ポタロ宮とシャンバラの寄り道を挟んだことで、この巡礼路は途端に容易に感じられるようになった。ソロはさらに逞しくなったようだった。
戦闘能力が上がったし、険しい山地に強くなったし、なんというか、人間の殺気や狂気のようなものに対してタフになった。
寒さに強くなり、悪路に強くなり、「どんな場所でもどうにか生き延びるだろう」といった楽観を得た。それは言葉に出来ない強さであり、数字に出来ない強さだ。
なぜあの密裡道の者たちがこんな過酷な巡礼路の文化を作ったのか、なんとなくわかった気がした。
魔物と戦わずとも、人は強くなれる。
宗教とは本来、人を高めるためにある。いや宗教には色々あって、人のすがる気持ちを濫用してお金を稼ごうとするようなものが多い。しかし人を高めるために諭すものもある。そういう宗教は、こうした過酷な修行を課すのだろう。
「山を歩け」と言っているのではない。「聖地を目指せ」と言っているのではない。「魔物を倒せ」と言っているのではない。「生きる強さを培え」と真意(い)っている。
まぁ信徒は、その真意を汲み取れていないかもしれないが。だから皆、バスに乗って巡礼に繰り出す。
・・・そもそも密裡道の者たちはそれを「宗教」と捉えていない。道徳やメソッドのようなものなのだ。
世界は、宗教めいたものを一緒くたに「宗教」と呼ぶが、信仰ではないメソッドも存在する。
5つ目の村、6つ目の村を抜けた。7つ目の村には、立派な社があった。立派だが数百年の歴史など感じない。わりかし近年建てられたように見える。
くぐってみると、教会とはまた違う装束を着た、宗教めいた人がいた。
ソ「こんにちは」ソロは声を掛ける。
男「7つの村を巡ってきたのかね?」
ソ「えぇ。まぁ」
男「ご苦労。ではこれを持っていきなさい」
男は朱色の筆で紙に何かを書いて、それをソロに手渡した。終了証のようなものなのだろう。ポタロ宮がなくなったことにより、山脈の端の村が巡礼のゴールのような役割を代行するようになったのだ。
ソ「ど、どうも」ソロにそんな証明書は必要ないが、一応受け取る。そして立ち去ろうとすると、
男「待ちなさい」
ソ「はい?」
男「10ゴールド(約1,000円)だ」
ソ「あ、はい」しぶしぶ払う。
男「桐箱が欲しいならそれは向こうの小屋だ。50ゴールド(約5,000円)である」
ソ「あ、いえ、結構です」
まぁ信徒だけでなく宗教の指導者も、教えの真意を汲み取れていないのかもしれないが。
ソロは思った。宗教とは、中学校のようなものなのだろう、と。学んだら、卒業してまだその先がある。人は、何も学ばないよりは学んだほうがよいが、小学校も中学校も卒業してさらに大人になるべきだ。
中学生は「もう自分は大人だ」といきがりたがる。狭い視野を克服しなければいけないよ。
宿屋に戻ると、見覚えのあるなりを見つけた。

●リコ
年齢:20歳 誕生日:3月20日 身長:148cm Dカップぐらい 趣味:世界の美容液収集
ソ「あなたは!シャンバラの村にいましたね!」
シャンバラの台地で「龍を見かけなかったか?」と声を掛けてきた冒険者の女性だった。彼女はリコという。
リ「バカか!その名前を口に出すなよ!」
ソ「え?あ!」
リ「盗賊に荒らされてるけど曲がりなりにも秘境なんだ。その名前を口に出すなよ」
ソ「あ、はい」その通りだと思われる。色々な意味で、あそこは無暗に人に知られるべきではない。するとその名前を噂話すべきでもない。
リ「それで、あんたあの辺で龍を見たの?」
ソ「え?あ・・・いや」急なことで少々戸惑ったが、見たことを話すべきでない、と思い返した。
ソ「はは。向こうの魔物は強くて、すぐ戻ってきちゃいました。はは」
龍の話はしていて良いのだろうか。
リ「だろうな。強そうに見えないもん」
ソ「お姉さんは?強いんですか?っていうのも失礼なのかな。すみません。冒険者界隈のことってまだよくわかってなくて」
なにしろ、強そうにも弱そうにも見える女性だった。背は低く顔は童顔で、全然戦えそうにもないと見える。しかし装備は立派で、サマンオサで見かけた魔法使いよりも格が上に見える。僧侶とも違う。そして姿勢が良く、威勢が良い。
リ「強い。少しはな。《悟りの書》を見つけて賢者の悟りを開いた」
ソ「賢者!?
あの魔法使いと僧侶の両方の魔法を使えるっていう!?」
リ「そうだ」
ソ「《悟りの書》、どこにあったのですか!?」
リ「ばーか。そんなの人に言うと思うか?1億の情報料を積まれたって話さない」
ソ「そうか。どれもこれも企業秘密だ」インターネットを検索したって知れないこともたくさんあるのだ。重要なことであればあるほど。最新の生成AIだって知らない。
ソ「幻の賢者になれてしまったら・・・もう人生、やることなくなっちゃったんですかね?」
リ「ていうかなんでオマエと話さなきゃいけないんだ?男はみんな野蛮だ」
ソ「あ、ごめんなさい。僕、ソロっていいます。
少しは語れませんか?」
リ「まぁいいけど。あたしはリコ。
賢者になったって人生は終わらない。
ていうか賢者になる前から人生なんて終わりにした」
ソ「えぇ!?」
リ「頑張って魔法学校通ったけど、一人前の魔法使いになったって何も楽しくなかった。宮廷魔術師になったって楽しくない。誇らしくもない。くだらない奴ばっかりだ。
こんな社会で一人前と認められたいか?
大衆に好かれて嬉しいか?
いざ認めてられてみたら、そんなの楽しくも誇らしくも、誠実でもないと気付いた。だから世を捨てた。別に立派な人と思われたくもないし、カネは幾らでも稼げるし。それなら気ままに生きたほうがせいせいするだろ」
ソ「なるほど。わりと似た境遇です」
リ「嘘つけ!おまえはレアアイテムパクって一攫千金だろ」
ソ「いや、僕盗賊じゃないんですってば。みんな勘違いするんだけど・・・」
リ「ふうん。盗賊じゃないのか」
ソ「リコさんだっけ?盗賊がひしめき合うような場所を旅してるようだけど、そんなミニスカート履いてたら危ないかも?」
リ「危なくない。男はあたしに触(さわ)れない」
ソ「えぇ!?」
リ「魔法陣でずっとバリア張ってる」
ソ「おぉ!?」
よく見ると、彼女の足元にはうっすらと魔法陣が光っている。魔除けの聖水の効果を応用したものか何かなのだろう。
リ「かわいい服着たいし、ずっと15歳の顔でいたいからな。それなら防御しないと」
何気に色々考えているようだ。
ソ「そ、そのワイルドな口調も、防衛術?」
リ「え?バレたぁ?♡」リコは両手を頬に当て、急に可愛い甲高い声で言った。
ソ「ドキっ!」
リ「じゃぁな!」
ソ「え?」
リ「あんたに惚れられる前にこの村を去るわ♡
じゃぁね~」
ソ「あ、はぁ・・・」
「惚れられる前に」ではなく、「惚れてしまう前に」だったのかもしれない。
賢者か。興味深い生き物だ。
彼女は、《悟りの書》なるものを読んだからあのような多彩な性格になったのか。それとも、あのような多彩な性格だから《悟りの書》を見つけることが出来たのか。
賢者か。興味深い生き物だ。
《悟りの書》を読んだら悟る、というわけではないのかもしれない。悟った人間が、《悟りの書》を見つけるのかもしれない。
リコが座っていたテーブルには1冊の本が取り残されていった。
『類似する美容アイテム』
世界は多様に見えて、類似している。
チアシードに似たスーパーフードはヒボンにも存在する。それは玄米やゴマだ。とても安い。
ホホバオイルに似たキャリアオイルはヒボンにも存在する。それは米油だ。とても安い。
世界の果てまで買いに行く必要はないし、輸入されたものをバカ高い値段で買う必要もないのだ。
下山をすれば魔物も弱くなりそうだが、そうとも限らない。来たる新たな困難に備えて、ソロは7つ目の村でしばし休息をとった。終了証を売る社以外は、素朴で良心的な村だった。
3日泊まって、少々魔物と戦って金策をし、あとはゆっくり休んだ。


