episode56 『王と悟り』
episode56
7つ目の村を越えると山は下りに差し掛かる。
「ふう」という安堵の溜息とともに、少し寂しくもある。山脈という風景は、カレンの日常からは圧倒的に遠くて、密裡道の佇まいはどこか神秘的で、不思議な異空間に入り込んでしまったような陶酔があった。遠い昔にタイムスリップしたような感覚もあった。長い夢から、今覚めようとしている。
よいのだ。普通の旅路もそれなりに恍惚な夢の中だから。
人の往来が増え、馬車の往来も増え、そしてサザムが言っていたように盗賊っぽい姿の者が多くなってきた。

山の向こうにあったのは、城壁に囲まれた国だった。リンガイアという国だ。
なるほど盗賊風情の者が多い。というか、行き交う人の大半が腰に短剣を差している!こんなに民の武器の所持率が高い国は見たことがないぞ。

そしてそれとは別に、町民の2割くらいは盗賊っぽいなりをしている。これは割合としては異常に多いと言える。
しかし幸か不幸か、その中においてソロは溶け込んでいるようだった。弱そうな平民だから絡んでやろう、といった目は向いてこない。
盗賊たちの多くはがに股で歩き唾を吐き、治安が悪いと見える。スラム街までいかないが、慣れていない他国の者は戸惑うだろう。
キョロキョロしながら歩いていると、声がかかる。
女「きゃーそこの緑の兄ちゃん!うちの食堂で食べていきなよ!」
ソ「え?」ソロは振り向く。食堂のおかみさんか。おかみは名をカルティエという。
カ「ほら!食べていきなよ!サービスするからさ!」

まぁいいか、ここで腹ごしらえをしよう。情報が欲しい初日において、愛想のよい人間と知り合うのは好都合である。
軒下のテーブルに腰を下ろす。
カ「あらーやっぱ男前じゃない!」カルティエはお冷を持ってきた。
ソ「あ、どうも」
カ「何食べるの?はいメニュー。どれでも大盛りサービスしてあげるから!」
ソ「えぇ?」
カ「あっはっは、いいんだよ!あたしは男ったらしなんだから!」
ソ「あ、はぁ。
えぇっと、じゃぁチャーハンをお願いします」
男ったらしだから何かと男に声を掛けるおばさんや女性は、まぁ見受けられる。しかし、「私は男ったらしだから」と素直に言ってしまう人は珍しい気がした。
おかみはチャーハンを持ってくる。
カ「はいよ、大盛りだ!」
ソ「あれ?おかみさんなんか、若返りました?」
カ「あっはっは!女へのお世辞がヘタすぎるよ!
それは前からの知り合いに言う言葉だろう」
ソ「いや、お世辞じゃなくて・・・」
このおかみが、店に入ったときよりも若返り、美しくなったように、ソロには見えたのだった。本当に。

カ「あんた他所から来たんだろう?」
カルティエはテーブルの向かいに両肘を突いて座り込む。
ソ「えぇ。この街は王様も宗教もないんですって?変わった街だって聞きました」
カ「そうなんだよ!盗賊こそが英雄さ、20年前からね」
ソ「僕も盗賊みたいだから、気に入ってくれたのですかね」
カ「え?あんたは盗賊じゃないだろ。もっと人が良さそうだよ」
ソ「おぉ!」いつもは盗賊に勘違いされるのに、この人は盗賊とソロの違いをちゃんと見極めているようだった。
カ「盗賊なんて嫌いだよあたしは!」
ソ「えぇ!?盗賊が英雄なんでしょう!?」
カ「そうだよ。この国にとってはね。あたしにとってはじゃないよ!」
ソ「どういうことですか?そういう話聞きたいんです」
カ「あらーあたしとデートしてくれるっていうの?」
ソ「い、いや、5分程度でお願いしますね」
カ「あっはっは!わかってるよ。5分でもデートなのさ」
ソ「はぁ」
カルティアは腕まくりをして話し続けた。
カ「昔はさ、普通に王様が治める国だったさ。
でも王様、ケンカ好きでね!戦争して領土を広げたがるんだよ。
そんでガンディーノって物騒な国から武器やら兵器やら大量に買うって言いだしたんだ」
ソ「そりゃ困りましたね!」
カ「困ったよ!国民はぎゃーぎゃー言ったんだけどね、王様はそれを取り消さないさ。
王様を辞めさせようとデモも起きたけど、太った王様は玉座から動かないさ」
ソ「はっはっは!」
カ「そんでどうなったと思う?救世主が現れたんだよ!」
ソ「盗賊が?どう絡んでくるんですその話に?」
カ「当時は盗賊なんてぜんぜん居やしなかったよ?
ヤンガスっていう盗賊がさ、なんと王様のお金を山盛り盗んじまったのさ!!
『マシントンに魂を売る王は天罰を喰らう!』なんて書き置きを残してね」
ソ「おぉー!」
カ「カネが無かったら武器も兵器も買えないだろ?
商談が始まったときはガンディーノの王様も善い人そうに笑ってたのに、カネがなくなったら結局1つも大砲をくれやしないんだよ。
カネがないから、王様は戦争を辞めたのさ。
そんで王様、引っ込んじまった。もう政治はしないってね」
ソ「めでたしめでたしじゃないですか。面白い話ですよそれ」
カ「そうは問屋がおろさないよ!
盗賊が一躍英雄になっちまっただろ?
するとさ、国民やら子供やらは、みーんな盗賊になりたがっちゃったんだよ!そりゃ大問題だ!」
ソ「あー、それでみんな短剣を差してるんですか」
カ「いやそれはまた別でさ。
盗賊が多くて物騒だから、みんな自衛のために短剣持ってんのさ。物騒な話だよ」
ソ「そりゃ物騒です」
カ「盗賊が憧れ!なんてなっちゃダメなんだよ。
一回国を救ったからってさ?盗賊はやっぱ盗賊なんだからさ。
息子が『ママ盗賊になりたい』なんて言ってみぃ?もう涙しか出ないよ!」
ユニークな国ではあるが、楽観していられる状況ではない。しかし大衆の多くが乗っかっているうねりは、簡単に止められるものではないだろう。




