episode58 『王と悟り』
episode58
朝目が覚めると、屋上からは街が一望できた。
薄茶色の家が延々と並んでいる。美しい、とも言えないが美しい。風情がある、と言えばよいのだろうか。それはきっと、住民からすれば殺伐としていて能がない。でも余所者からすれば、風情がある。町並みや景色というのは、面白いものだ。
宿を出ようとすると、「治安が悪いから気を付けて!」と宿主に言われた。
ソ「なんとなくわかっているつもりですが、どう危険なのですかね?」
宿「盗賊ばかりだからね。唾掛けられたり騙されたり、色々あるよ」
ソ「えぇ、覚悟してるつもりですよ」
宿「そういうときさ、冒険者はケンカしちゃうこと多いんだよな」
ソ「あぁ」想像が付くな。
宿「それが危ないんだよ。この国の盗賊は、強い奴も強いからさ!セントベレスって山に行ってきた奴なんかは強いよ。ケンカしたら危ないんだ」
ソ「《毛皮のマント》被ってる人が強いんですかね。ははは」
宿「見た目じゃわからないんだよ。
盗賊ってのはさ、腕っぷしで勝負するんじゃなくて、こざかしい技をいっぱい使うんだ」
ソ「こざかしい技?」
宿「そうさ。ナイフに毒仕組んでることもあるしな。相手を眠らせる魔法とか、相手に幻惑を見せる魔法とか、そんなことばっかりやるよ」
ソ「えぇと、《ラリホー》とか、《マヌーサ》とか?」ソロは脳からかろうじて記憶を引っ張りだした。
宿「そうそう。眠っちまえば小さな短剣でプスってやられるだけでお陀仏だからなぁ」
ソ「魔法を使える人が多いのですか!」
宿「そうなんだよ。変な魔法がいっぱい氾濫してるんだ」
ソ「どうもありがとう」ケンカする気はないが、ケンカになってしまう可能性は充分にあり得る。良い情報だ。そして、体格だけでは人の強さは測れないというのは、わかってきたところである。
ソ「魔法か」ソロはつぶやいた。《ベギラマ》なるなかなか強力な魔法を会得したが、もう1つ2つ何か、会得したい興味がある。
両替え屋を探す。貯まっていた宝石を交換すると、4,000ゴールドになっていた。また何か買えそうだぞ。
「魔法に興味があるんだ」となんとなく店主に話すと、彼は面白いことを言った。
店「この街には魔導書の店があるよ!」
ソ「魔導書!?魔導書とは?」
店「魔法の秘訣が書かれている本さ。それを解読したりなんかしたら魔法が使えるようになるんだ」
ソ「すごい!でも高いんでしょうね」
店「魔導書は高いぜ!武器より高い。魔法は一生モノだからな。
でも4,000あったら《ラリホー》くらいは買えるんじゃねぇかな」
ソ「僕でも手が届きそうなものがあるのか!」
店「あぁでも気をつけろよ!
魔導書は偽物も多いらしいんだよ。それを読んだって何にもなりゃしないんだ」
なるほど。この街らしい問題だ。
店主に魔導書屋の場所も聞いたが、よくわからなかった。なんでも街のはずれに大きな市場があり、その一角にあるという。
市場の方角はわかった。そっちに歩いてみる。気は逸(はや)るが、なるべく目立たないように歩く。盗賊とケンカするわけにはいかない。肩がぶつかるわけにもいかない。
やがて市場は見つかる。広大な平屋の建物だ。この質素な家構えの国にして、市場にはちゃんと壁と屋根があるとは。

中には所せましと店が並んでいる。食品を売る店、金物を売る店、衣服を売る店、短剣を売る店・・・物の密度がものすごい!その多くは古いカビたような匂いや不思議な異国の匂いがして、思わずむせかえる。しかしその匂いにワクワクする。
さらには、あちこちから声が掛かる。短剣を買っていかないか?ダンスのドレスを彼女に買っていけよ、銀の皿を土産にどうだ?見るだけでいいから寄ってけよ、マケてやるから寄ってけよ・・・およそすべての店から声がかかる。そして「結構だ」と言っても離してくれない。一体こっちの言葉を聞いているのか?聞いていない気がする。
盗賊になる前から、この国の人たちはちょっと心が荒んでいるような気もする・・・。
断ることすら疲れるので、次第に話しかけられても返事をしないことにした。無視だ。
やがて古本屋の並ぶ界隈に辿り着く。人と話したくないが、そろそろ情報収集が必要だ。「魔導書屋はどこだ?」と尋ねると、「そんなことより魔物事典を見ていけよ!」とまた相手のペースに持ち込まれそうになったが、潔く振り切った。
ついに魔導書屋を見つける。他よりも敷地が大きい。
店「やぁやぁ余所者が魔導書屋に来るなんて、君はお目が高い!」
これも商売文句なのだろう。相手のペースに乗っては駄目だ。
ソ「でも魔導書には偽物が多いと聞きました」先手を打って牽制する。
店「残念ながらそういうこともあるっちゃある!
でも私は本物を売るつもりで誠心誠意商売しているんだ!」
ソ「それなら本物とわかったものだけ置けばいいんじゃないですか?」
店「なに?君は賢いな!
いやほら、私はただの本屋だよ。魔導書なんて読めないんだからさ、本物か偽物かもわからないさ」
ソ「魔導書読めないのに売ってるの!?」
店「そりゃぁ君、読めてたら今頃私は大魔法使いだよ!はっはっは」
ソ「ふぅーん」
店「まぁたまには偽物が混じってるから、くれぐれも慎重に品定めをしてくれたまえ!」

ソロはとりあえず店内の本を眺めてみる。時々手にとっては中を開いてみる。なんだか小難しいことが、挿絵付きでびっしり書いてある。
魔導書というのは、これはこれで眺めていて面白いが、どれが本物でどれが偽物か、さっぱり見当も付かない。
ひとしきり満足すると、ソロはそこを離れた。近くにジューススタンドがあったので、イスに座ってジュースを飲みながら遠巻きにその店を眺めていた。
すると、盗賊風情の男が大きな本を持って魔導書屋にやってきた。
おや?ソロは耳をじっとそばだててその様子を凝視する。
盗「売りに来た。《イオナズン》の本だよ」
店「おぉおぉ、1,000ゴールド(約10万円)で買い取ろう」
ソ「1,000ゴールド!?」ソロはいぶかしげた。皆の話の辻褄がどうも合わない。《イオナズン》というのは中級魔法のさらに上の、すごい魔法のはずだ。両替え屋の店主は、初歩的な魔法なら4,000ゴールドでも買えるだろう、と言った。上級魔法の買い取りがたった1,000ゴールドで済むわけがない。
つまり、この本が偽物であることを確信したうえで買い取っている。確信したうえで売っているのだろう。本物かどうかのチェックもしない。
ソロはもう魔導書屋から離れて帰路に就いた。この店はつまり、「偽物も混じっている」のではなく、「ほとんど偽物」なのだろう。
偽物だからといって返金する文化はないようで、騙して売ったらそれで勝ちだ。しかし客としては、ひょっとしたら本物かもしれないので5,000ゴールドも1万ゴールドも積んで買って行く。ギャンブル感覚なのだろう。盗賊稼業で金持ちが多いから、なおさらこうした珍しいものが売れる。金持ちは、生活必需品ではないものにあっさりと大金を払う。
そんな客の心理をわかっていて、偽物ばかりを並べ続けるのだ。
《ラリホー》だけでも会得出来たらいいなとワクワクしていたし、《ラリホー》くらいなら本物の魔導書があったのかもしれない。しかしこの店で買い物をすること自体がリスキーだと、ソロは自制心を働かせ、貫いたのだった。




