episode85 『王と悟り』
episode85

大きく風が吹いた。柱ばかりで壁のないオリンピア風の神殿は、風が中に入ってくる。その風は緑の葉をさやさやと揺らした。
ソ「あぁ、僕たちお使いで来たのです!
このアロエの鉢を、アテナさんに渡すようにって。
ピュアリって言ったかな。巫女の女の子です」
ソロは彼女にアロエの鉢を手渡した。
シ「どうもありがとう」
グ「ハーゴン神官は、あなたを怒っていないよ、と申しておった」
シ「はい。どうもありがとうございます。アテナに伝えておきます」
ソ「そうか。まだ今シリウスさん」
シ「記憶は共有できます。ご安心を」
グ「アテナ殿は、気丈にしているということだな?」
シ「えぇ、大丈夫です。
ここに来てしばらくの間は、孤独と憂鬱で落ち込んでいましたが。
しかし孤独を覚悟でここに来ました。人が欲しいなら他の街に行けばよかった。でも彼女はこの丘の神殿を選びました。
そして、彼女も奥の古代遺跡に行きました。
彼女はそこで、古い書物を読みました」
ソ「読書が好きなのかな」
シ「ヒボンという国の、古い神話の本です。
アマテルという女の神は、民の堕落にひどく落ち込みました。何を言っても民は聞く耳を持ちません。
彼女は啓蒙に疲れて、洞窟の中に一人籠ってしまいました。しばらくの憂鬱な日々を過ごしたあと、それでも人と交わりたいと思う自分に気付きました。
アマテルは天の岩戸をこじ開けて、再び地上に出てきました。
アマテルは、すべての民に善意を持たせることは諦めました。出来ることだけをやろうと。
肩の力を抜くと、アマテルは元気になりました。
そして彼女は言いました。
『失望の果てに、枯れない花は咲く』と・・・。
アテナは、この神話を読んで元気を取り戻しました。
そしてこの神殿の中に、外に、せっせとアロエの苗を育てました。
自分が生きていく糧を、100年生きていくための糧を。
そして・・・」
ソ「他の巫女の食べる分まで!?」
シ「そうです。
いつか、ひょっとしたらいつか、1人か2人の巫女がこの神殿にやってくるのではないかと夢見て。誰も来ないかもしれません。でも、来るかもしれません。
来ないとしても、植物を育てることは良い暇つぶしになり、良い気分転換になります。アテナは悲しみを忘れて、無心でアロエを挿し木し続けました」
グ「この神殿に咲いている緑は・・・」
シ「そう。アロエばかりです」
ソ「お土産、無駄になっちゃった!あははは」
シ「そうですね。しかし無駄とも言えません。
オリンピアの街から、巫女ではなくアロエの鉢がやってきただけだとしても、それはアテナにとって大きな喜びであり、大きな希望です。
この小さな贈り物はよもすれば、小さな火種です。巨大な光に膨れ上がるかもしれない、計り知れない小さな火種です。
種は尊い。
芽は尊い。
その中にある可能性を、見つめるなら・・・!」
ソ「そうだ!そうだと思います!」
シ「そしてあなた方は、その尊い希望をアテナに運んでくださったのです。
あなた方が運んでくださったからこそ、この苗は意味を持つ。
ありがとうございます」
ソ「いやいや、大したことはしていないです」
シ「オリンピアの民もいつかは、自分ごとだけに留まらず知らない国まで『生き延びるため』の火種を運んであげられるように、なってほしいものです」
シリウスは遠い目をしながら言った。
グ「請け負ってよかったな。
とても気分がいい」
シ「ささやかながら、休息をお与えします。
明日には古代神殿に行くのでしょうか」
グレイグは確信するのだった。魔王を倒す旅を終えた後には、オリンピアの北に道を敷こうと。世界で一番強い戦士は、道路工事夫になろうと決めた。
シリウスは丘を見下ろしながらささやいた。
シ「『生き延びるため』の火種を運んであげられるように、なってほしいものです・・・」
それだけの体力はもう充分にある。あとは、心だ。



